がついて、破れた窓を調べに行ったが、もう遅い。さあ、お父さんを出せ」
「君は先刻《さっき》来た男の子供か。なるほど、そう云えばよく似ている」
 シムソンは両手を高く挙げながら云いました。彼は何かしゃべっているうちに、少年が少しでも油断して隙を見せたら、飛《とび》かかってピストルを奪い取ろうという考えなのです。しかし、少年はその手には乗りません。
「そうだ。僕は仁科少佐の子供で道雄と云うのだ。さあ、ぐずぐず云わないで、お父さんを出せ。云う通りしないと射《う》つぞ」
「ハハハハ、日本人だけあって、子供でもなかなか勇敢だ。父を救けだそうとするのは頼もしい。アハハハハ」
「な、何を笑うのだ」少年はきっと眉《まゆ》を上げました。「よしッ。こうなれば貴様を射ち殺してから、お父さんを助け出すッ」
 道雄少年は将《まさ》に猛然とピストルの引金を引こうとしました。シムソンはうろたえながら叫びました。
「ま、待て。そ、そんな乱暴な事してはいけない。私を殺しては、君のお父さんを助け出す事も、それから秘密書類をとり返す事も出来ないぞ」
「えッ」
 急所をつかれたので、さすがの道雄少年も、ぎょッとして、引金にかけた手をゆるめました。その隙を見たシムソンは、急に一歩前に出て、机の上の釦《ボタン》に手をかけました。
「射つな」シムソンは急いで叫びました。「射ったら、私はこの釦を押す。この釦を押したら、君のお父さんは最後だ」
「えッ、何だって」
「この釦を押すと、電気仕掛で地下室へはドウドウと水が出るのだ。地下室は見る見る水で一杯になってしまう。地下室は鉄筋コンクリートで、窓は一つもない。君のお父さんはおぼれ死んでしまうのだ」
「えッ」
 道雄少年はサッと顔色を変えました。彼のピストルを持った手は、ワナワナとふるえ出しました。
「フフン」シムソンは勝誇ったようにあざ笑いました。「どうだ。この私に手向いしようとしても無駄な事が分っただろう。さあ、そのピストルをこちらへよこせ。よこさないと、この釦を押すぞ」
「嘘だ。嘘だ」道雄少年は必死に叫びました。「そ、そんな事は貴様の出鱈目《でたらめ》だ。そんなおどかしには乗らないぞ」
「出鱈目? よろしい。そう云うなら、出鱈目か出鱈目でないか見せてやる」
 シムソンは机の上の釦を押しました。
「さあ、耳を澄まして聞いてごらん。地下室に水の流れ出す音が聞えるから」
 道雄少年は耳を澄ましました。なるほど、家のどこからか、ジャージャーと云う水の流れ出す音が聞えて来ました。確かに、それは地下室から洩《も》れ聞えて来るのです。その上にジャージャーと云う激しい水の音に交《まじ》って、う、う、と云う悲鳴のような声が聞えるのです。
「と、止めてくれ。水を止めてくれ」道雄少年は血の気のなくなった唇を噛みしめながら叫びました。「早く、止めてくれ」
「ハハハハ」シムソンは憎々しげに笑いました。「漸《ようや》く本当だと言う事が分ったか。だが、あわてる事はない。地下室へ水が一杯になるには、二時間位かかる。足から脛《すね》、脛から膝、膝から腹と、だんだん水につかって行く気持は、余りよくないだろうけれども、水がいよいよ天井につかえるまでは、呼吸《いき》は出来るから死にはしない。それまでは、君とゆっくり話をきめる事にしよう。先《ま》ず第一に、君の持っているピストルを机の上におき給え」
 道雄少年は憎悪に燃えた眼で、きっとシムソンを睨《にら》みつけました。しかし、どうにも仕方がありません。がっかりしたように、机の上にピストルをおきました。
 シムソンは急いで、少年のおいたピストルを手許《てもと》に引き寄せました。
「危い、危い。子供がこんなものを玩具《おもちゃ》にしては危険千万だ。先ず、これで一安心だ」
「早く水を止めて下さい」
「そう急がなくても、地下室一杯になるにはたっぷり二時間かかるのだ。今頃はもう踝《くるぶし》の所まで来たろう。君のお父さんはさぞかし、生きた空がなくて、冷々《ひやひや》しているだろうて。だが、そう急ぐ事はないて」
「悪漢! 人殺し! 間諜《スパイ》!」
 道雄少年は土のように顔を蒼白《あおじろ》くしながら、ののしりました。
「ハハハハ、間諜だけは本当だ。けれども、私は人殺しでも悪漢でもない。君達が父子《おやこ》で私を諜計《はかりごと》にかけようとするから、そう云う目に会っただけの話だ。所で、聞くが、ここへ来たのは君達二人だけだろうね」
「そうです」
 道雄少年はもう相手の云いなりになるより仕方がないと云う風に、おとなしくうなずいた。
「では、三日の間、君もお父さんと一緒の部屋に居て貰うことにしよう」
 シムソンはそう云いながら、机の上の呼鈴の釦を押しました。所が、どうしたのか、なかなかソーントンが出て来ないので、シムソンはいらいら
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