しながら何度も釦を押し直しました。
道雄少年は蒼白い顔をしながらも、クックッと笑い出しました。
「呼鈴の線は僕が切っておいたから、鳴りっこないさ」
「な、なんだって。電線を切るとはけしからん」
「ついでに、地下室の水を出す仕掛の電線も切っておけばよかったのです。つい、気がつかなかったものだから、残念な事をしましたよ。」
「馬鹿な事を云え。地下室の方の電線はうまく隠してあるから、君なんかに気はつかないよ。ソーントンが来なければ仕方がない。私が連れて行く。さあ立て、立って地下室へ来い」
「地下室に連れて行ってどうするのですか。お父さんと一緒に水攻めにして殺そうと云うのですか」
「殺しはしない。水は間もなく止めるよ。私は人を殺すのは嫌いだ。けれども、君達二人は私の邪魔をするから、二三日地下室の牢へ入れておくのだ。二三日のうちには、秘密書類は無事に仲間の手から本国へ送り出される筈だから」
「その為なら、私達を地下室へ監禁する事は無駄です」
道雄少年はきっぱり云い放ちました。シムソンは不審そうに、少年の顔を穴の開くほどみつめていましたが、
「それはどう云う事かね」
「書類は今頃はもう取り返された筈です。先刻《さっき》あなたはお父さんに、麹町郵便局に留置《とめおき》にしてあると云いました。僕はそれを部屋の外で聞いていましたから、あなたが窓の所を見に行った時に、この部屋に入って、その卓上電話で報告しておきました」
思いがけない道雄少年の言葉に、シムソンは顔を真蒼《まっさお》にして、のけ反《ぞ》るように驚くだろうと思いましたが、意外、彼はカラカラと笑い出しました。
「アハハハハ、ハハハハ」
電話の計略
「何を笑うのです」
道雄少年は突然笑い出したシムソンの顔を、呆《あき》れたように見守りながらとがめました。
「アハハハハ」シムソンはなおも笑いながら、
「君は私が先刻《さっき》本当の事を云ったと思っているのかね。麹町郵便局に留置《とめおき》にしてあると云うのは、出鱈目《でたらめ》なのだ。アハハハハ。君が本気にしたのは気の毒だったねえ」
「なあんだ」道雄少年はがっかりしながら云いました。「出鱈目だったのか」
「ハハハハ、大そう力を落したね」シムソンは、なぶるような口調で、「では、君にだけ本当の事を教えてやろうか。先刻はつい君が聞いている事を知らなかったので、もし本当の事を云えば大へんな事になる所だった。けれども、今は私は家の中を調べた上に、破れた窓も締りをしたし、大丈夫もう盗み聴きをしている者はない。君が少年の癖に、なかなか勇敢で父思いなのに免じて、本当の事を云ってやろう。秘密書類は、君、警視庁にちゃんと保管してあるんだぜ」
「警視庁に? そ、そんな馬鹿な事が」
「ハハハハ、警視庁に保管してあると云うと、信ぜられない馬鹿げた事だと思うだろう。けれども、それは間違いのない本当なんだ。私の部下は秘密書類を盗み出した時に、直ぐ私の所へ持って来ては、とり返しに来られる恐れがあると思って、二重底の鞄《かばん》に入れたまま、わざとタクシーの中に忘れたのだ。無論、運転手は何も知らずに警視庁へ届けたさ。それで、君達が血眼《ちまなこ》になって探している秘密書類は、今は警視庁の遺失物係りの所に、ちゃんと保管されているんだ。つまらない商品見本の入った鞄としてね。二三日うちに、私の部下が取りに行く事になっている。どうだ、私の智恵は。警官や憲兵が夢中になって探している書類が、所もあろうに警察の本尊の警視庁にちゃんと保管されていようとは、芝居のせりふ[#「せりふ」に傍点]じゃないが、お釈迦《しゃか》さまでも知らないだろう。アハハハハハ」
相手を袋の鼠の、しかも子供と侮《あなど》ってか、シムソンは彼の企《たくら》みを、さも自慢らしく述べ立てました。何という狡獪《こうかい》さ。盗んだものを、警視庁に置いて平然としているとは、実に驚くべき悪智恵ではありませんか。道雄少年は旨々《うまうま》とシムソンの秘密を知る事が出来ました。しかし、直ぐに地下室に連れて行かれるのです。折角聞き出しても、何の役に立ちましょうか。
シムソンはふと思い出したように、
「どうもおしゃべりが過ぎたようだ。地下室の水は大方腰の辺《あた》りまでになったろう。さあ、君を入れて、水を止めなければならん」
シムソンがこう云った時に、机の上の電話器がコツコツジージーという微《かす》かな変な音を立てました。道雄少年は急に生々《いきいき》とした顔になって、受話器に手をかけて、取上げようとしました。
「こらッ、触《さわ》ってはいけない」
シムソンは大声に叱りつけて、急いで自分で受話器を取り上げました。
「うむ」
受話器を耳に当てたシムソンは、忽《たちま》ち真蒼な顔をして、パタリと受話器を落しました
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