。そうして、道雄少年の顔を睨《にら》みつけながら、机の上のピストルに手をかけようとしました。すると、不意にうしろから、
「シムソン、動くな」と云う声がしました。
シムソンはハッと振り向くと、そこには思いがけなく、仁科少佐が悠然と立って、ピストルの筒口を向けていました。
「アッ」
シムソンは口惜《くや》しそうに、唇をブルブル顫《ふる》わせながら叫びました。
道雄少年は急に笑いだしました。
「ハハハハ。シムソン、馬鹿だぞ、貴様は。この卓上電話は見た所はどうもないが、僕は貴様が窓の所に行った隙《すき》に、この受話器を掛ける所に、ちょっとした木片《きぎれ》をかっておいたのだ。だから、この掛ける所は上に上って、受話器を外してあるのと同じ事になっていたのだ。その証拠には今電話が掛って来た時に、リンリンと鈴《ベル》が鳴らないで、ジージーコツコツと小さい音がしたのだ。電話の受話器が外してあったらどうなると思う。この部屋で話す事は、交換局へ筒抜けではないか。交換局はどこへでも好きな所へつなぐ事が出来る。貴様は自慢らしく、書類を警視庁に保管してあると云って、智恵を誇ったが、この電話が警視庁につないであって、貴様の云った事が、そのまま向うへ聞えたのに気がつかないのだ。僕は貴様が先刻《さっき》云った隠し場所は出鱈目《でたらめ》だった事を知ったから、本当の事を云わそうと思って謀計《はかりごと》にかけたのだ。お父さんは地下室の牢に入ってなんかいやしない。ソーントンがお父さんを連れて行く途中で、待ち伏せていた僕は、ソーントンにピストルを突《つき》つけて、お父さんを救《たす》けて、代りにソーントンを地下室に入れておいたのだ。水で驚いて悲鳴をあげていたのは、貴様の部下のソーントンなのだ。僕はお父さんに云いつけられた通りしたのだ。僕達二人が貴様に捕ったのは、みんな計略なんだ。貴様がここでベラベラしゃべった隠し場所が本当だったら、直ぐ警視庁から合図の電話がかかる事になっていたんだ。僕は貴様に、合図があるまでしゃべらせればよかったんだ。今、警視庁から何と云って電話がかかったか、云って見ようか。書類は貴様の云った所に、ちゃんとあったと云って来たんだろう。アハハハハハ」
道雄少年の言葉を聞いているうちに、次第次第に蒼《あお》ざめて来たシムソンは、この時、「うむ」と一声|唸《うな》って、パッタリ床の上に倒れました。
底本:「少年小説大系 第7巻 少年探偵小説集」三一書房
1986(昭和61)年6月30日第1版第1刷発行
※底本では、作品冒頭の記載は「少年密偵 計略二重戦」となっていますが、目次の記載は「計略二重戦」のみであること、「少年密偵」が、やや小さめの文字で記載されていること、作品名として一般的であると思われることなどから、「計略二重戦」を作品名とし、「少年密偵」を副題としました。
入力:阿部良子
校正:大野 晋
2004年11月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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