の廻りに置いているでしょうか。もし、縛ったり、家宅捜査をしたりして、書類が出て来なかったら、シムソンは何と云うでしょう。それこそ、どんな逆捻《さかね》じを食っても仕方がないではありませんか。
つまり、問題は盗まれた秘密書類がどこに隠されているかと云う事です。シムソンを縛って調べた所で、易々《やすやす》と云う気遣《きづか》いはありません。仁科少佐の任務はシムソンを縛る事よりも、どこに書類があるかと云う事を見つけて、一刻も早くそれを取り返す事にあるのです。
「シムソンは無論どこか安全な場所に書類を隠しているに相違ないのだ」谷山大佐は云いました。「彼は我々がきっととり返しに来ると思って、暫《しばら》くは様子を覗《うかが》っているに違いない。しかし、ぐずぐずしていると、彼は書類を隠し場所から取り出して、本国へ送るだろう。そうなっては大変だ。だから我々は出来るだけ速《すみや》かに隠し場所を発見して、取り戻さなければならないのだ」
「承知しました。誓って速かにとり返します」
仁科少佐は決心の色を現わして、きっぱり云いました。谷山大佐は満足そうにうなずきながら、
「ぜひ成功してくれ給え。いや、君なら必ず成功すると思っているのだ。しかし、気をつけ給えよ。シムソンはどうしてなかなかの奴なんだから。殊《こと》に彼の邸《やしき》はすっかり電気仕掛の盗難予防器が張り廻してあって、ちょっとでも手が触れると、家中に鳴り響くと云う事だから、余程用心しなくてはいかんぞ」
「御注意有難う存じます。では、閣下、仁科は重要書類を奪回して参ります」
少佐は参謀総長以下|並居《なみい》る上官に一渡り敬礼して、元気よく部屋を出ました。
猫と鼠
夜は深々《しんしん》と更けて、麹町《こうじまち》六番町のウイラード・シムソンの邸《やしき》のあたりは、まるで山奥のように静まり返っています。時折ヒュウヒュウという梢《こずえ》を吹く木枯しの音が、反《かえ》ってあたりの静かさを増しています。この夜更《よふけ》に、この寒さに、こんな所を通る人はあるまいと思うのに、折しもコツコツと歩道を踏んで来る人影がありました。
彼はシムソンの家の前に来ると、立止って、暫くあたりの様子を覗《うかが》っていました。門の前の電灯に照し出された男は、外套《がいとう》の襟《えり》を立てて、帽子を眉深《まぶか》にかぶっていますが、
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