疑いもなく仁科猛雄でした。
 仁科少佐はやがてヒラリと鉄柵を越えて、シムソンの邸の中に躍り込みました。鉄柵と云うのは、ホンの腰位の高さの煉瓦《れんが》の柱の間に、やはり同じ位の高さで張《は》り巡《めぐ》らしてあるので、飛越えるには大した造作はないのです。しかし、用心堅固の邸の中へ入るのは容易な事ではありません。仁科少佐にはどんな成算があるのでしょうか。
 仁科少佐はツカツカと宏壮な洋館の傍《そば》に近づきました。そうして、ああ、何たる乱暴! 手に持っていた太いステッキで、窓にピタリと締っている鎧戸《よろいど》を力任せに叩きました。
 メリメリと鎧戸は壊れました。少佐はその壊れ目にステッキを突込んで、梃《てこ》のようにして、とうとう鎧戸をこじり開けました。次に彼は窓の硝子《ガラス》を叩き破りました。ああ、鎧戸や窓硝子を壊した音は兎《と》に角《かく》として、電気仕掛の報知器はシムソンの部屋のあたりで鳴り響いているでしょうに。仁科少佐は谷山大佐からぐれぐれも注意して貰った事を忘れたのでしょうか。もし、忘れていないとしたら、何たる大胆不敵ぞ、いや、寧《むし》ろ無謀な事ではありませんか。
 窓硝子を叩き破《わ》った仁科少佐は、破れ目から手を入れて、窓を開けました。そうして、そこからヒラリと家の中に飛込みました。部屋の中は真暗です。少佐は扉《ドア》を開けて廊下に出ました。廊下も真暗です。少佐は爪先探《つまさきさぐ》りに進んで行きました。すると、不意に横から少佐目がけて、パッと懐中電灯が照《てら》されました。そうして同時に、固いものが少佐の脇腹《わきばら》に当りました。少佐はハッと驚いて両手を上げました。ピストルの筒口が横腹に突きつけられたのです。ああ少佐はとうとう敵に捕《つかま》ったのです。
「ハハハハ、よくお出になりました。私が案内いたします。さあ、お歩きなさい」
 嘲《あざけ》るように云ったのはシムソンでした。さすがに間謀を勤めるだけあって、アクセントは少し変ですが、日本語はうまいものです。
 仁科少佐はピストルを突きつけられて、両手を挙げたまま、前の方に押し進められました。
 やがて、少佐はシムソンの居間らしい部屋の中に追い入れられました。シムソンは少佐のポケットを調べて、持っていたピストルを取り上げました。
「まあ、おかけなさい」
 シムソンは前にあった椅子を指しました
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