少くとも仮死の状態にはなりましょう」
「そうすると、真の死はそれ以後に起る訳ですね」
「そういう事になりましょうね」
「すると、死亡時刻は――」
 といいかけるのを、先生は軽く遮って、
「それはむずかしい問題です。殊にガス中毒の場合は一層むずかしいでしょう」
「そうなんですか」
 私は少し変だと思ったが、法医学の権威がいわれるのだから、承服せざるを得なかった。
「それはそうとして」
 先生は意味ありげな眼で、じっと私を眺めながら、
「少し話したい事があるんですが、今日でも宅へ来て呉れませんか」
「ええ、お伺いいたしましょう」
 何の話だか見当はつかなかったけれども、私は即座に承知した。先生の宅へ行って、いろいろ話を聞くという事は、その頃の一番楽しいものの一つだったのである。
 その日の夕刊には、もう毛沼博士の事は数行しか出ていなかった。死体解剖の結果一酸化炭素中毒による死であることが判明して、当局は前後の事情から、過失によるガス中毒と決定したという事だった。
 その夜私は笠神博士を訪ねた。博士は大へん喜んで私を迎えて、いつもの通り書斎でいろいろ有益な話をして呉れたが、今日の昼何となく意
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