誌をそっと元の所に置いた。署長の方を見ると、まだ床の上にしゃがんで何かしている。私は静かに傍に寄って覗《のぞ》き込んだ。
 署長は頻に床の上の厚い絨氈《じゅうたん》を擦《さす》っていた。見ると、厚ぼったい絨氈が直径一寸ばかりの円形に、すっかり色が変っているのだ。そして、手で擦ると恰で焼け焦げのように、ボロボロになるのだった。といって、普通の焼け焦げでない事は一見して分るのだ。
 署長は私が傍によった為か、口の中でブツブツ何か呟きながら、急に立上った。そうして、手を洗う為に、部屋の隅の洗場《ウォッシュ・スタンド》に歩み寄って、水道の栓を捻ったが、水は少しも出て来なかった。
 署長は舌打をした。
「チョッ、損じているのか」
 すると、扉の外にいた婆やが、その声を聞きつけたと見えて、
「今朝の寒さで凍ったのでございましょう」
 といった。
 署長はそれには返辞をせず、手を洗うのを諦めて、部屋の中央へ戻って来た。
 その時に、一人の刑事が何か発見をしたらしく、西洋封筒様のものを掴みながら、急ぎ足で部屋に這入って来た。
「署長、これが書斎の机の抽斗の中にありました」
 署長は封筒様のものを受取っ
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