は下に降りて、先生の靴を脱がせていました」
「書生はいなかったのですね」
「ええ、いつもいる書生が二三日暇を貰って、故郷に帰ったという話で――それで私が頼まれたのですが、私は頭の方を持ち、婆やと女中が足の方を持って、引摺《ひきず》るようにして、洋間の寝室へ連れて行きました」
「その時に寝室には瓦斯《ガス》ストーブがついていましたか」
「いいえ、ついていませんでした。婆やがストーブに火をつけますと、先生は縺《もつ》れた舌で、『もっと以前《まえ》からつけて置かなくちゃ、寒くていかんじゃないか』といいながら、よろよろと手足を躍るように動かして、洋服を脱ぎ始められました」
「そして寝衣に着替えて、寝られたんですね」
「ええ」
とうなずいて、いおうかいうまいかと鳥渡ためらったが、やはりいった方がいいと思って、
「その時に、先生はひょろひょろしながら、上衣やズボンのポケットから、いろいろのものを掴み出して、傍の机の上に置かれましたが、一品だけ、ポケットの中で手に触ると、ハッとしたように、一瞬間身体のよろめくのを止めて緊張されましたが、その品を私達に見せないようにしながら、手早く取出すと、寝台の枕の下に押し込まれました」
「何でしたか、それは」
「小型の自動拳銃でした」
「ふん」署長は私が何事も隠さないのを賞讃するようにうなずいて、「先生は以前からそんなものを持っておられましたか」
「存じません。見たのが昨夜初めてですから」
「その他に変った事はありませんでしたか」
「ええ、他にはありません。先生は寝衣に着替えると、直ぐ寝台に潜り込まれました。そうして、帰って呉れ給えといわれたのです」
「それですぐ帰ったのですね」
「ええ」と又ためらいながら、「先生の寝室へ這入ったのは初めてですから、鳥渡好奇心を起しまして、暫く、といってもホンの一二分ですが、室内を眺めました」
「眺めただけですか」
「珍らしい原書や、学界の雑誌が机の上に積んでありましたので、鳥渡触りました」
「本だけですか」
「ええ、他のものは絶対に触りません」
「それから部屋を出たのですね」
「ええ、その間に婆やと女中とが先生の脱ぎ棄てた洋服をザッと片付けて、それぞれ手に持っていました。私が出て、続いて婆やと女中とが出ました」
「瓦斯ストーブはつけたままでしたね」
「ええ、そうです」
「君が出た時に、先生はとうに眠っていま
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