したか」
「半分眠って居られたようです。ムニャムニャ何かいいながら、枕に押しつけた頭を左右に振っておられました」
「直ぐ立上って、扉《ドア》に鍵をかけられた様子はありませんでしたか」
「ええ、気がつきませんでした。――鍵がかかっていたんですか」
 署長は然し、私の質問には答えなかった。
「電灯は婆やが消したんですね」
「ええ、扉に近い内側の壁にスイッチがありまして、それを出がけに婆やが押して消しました」
「お蔭でよく分りました。もう一つお訊きしますが、君は先刻迎えに行った刑事に、『先生は殺されたのじゃないか』といったそうですが――」
 私はドキンとした。余計な事をいわなければよかったと後悔した。然し、署長は私の心の中などはお構いなし、どんどん言葉を続けていた。
「どういう訳で、そういう事をいったのですか。理由《わけ》もないのに、そんな事をいわれる筈がないと思いますがね」

     勝利者と惨敗者

 私が毛沼博士が死んだという事を聞いた時に、殺されたのではないかと思ったのは、別に深い根底がある訳ではなかったのだ。
 前にもいった通り、毛沼博士の死が病死とは考えられなかったし、といって博士が自殺するという事は、それ以上に考えられない事だし、過失死という事も鳥渡思い浮ばなかったので、つい殺されたのではないかと口を滑らしたのだが、といって、全然理由がなかった訳でもない。先《ま》ず第一は毛沼博士が自動拳銃を持っていたということ、それから第二には博士が最近二三月何となく物を恐れる風があった事だった。
 一体毛沼博士は、外科の教授に在勝《ありがち》な豪放磊落《ごうほうらいらく》な所があって、酒豪ではあるし、講義もキビキビしていて、五十二歳とは思えない元気溌剌《げんきはつらつ》たる人で、小事には拘泥しないという性質《たち》だった。所が、この二三月はそんなに目立つ程ではないが、何となく意気消沈したような所があり、鳥渡した物音にもギクッとしたり、講義中に詰らない間違いをしたり、いつも進んでする手術を、態《わざ》と若い助教授に譲ったり、些細な事ながら、少し平素と変った所があったのだ。
 私は署長の顔色を覘《うかが》いながら、
「別に深い理由はないのですが、先生は近頃何となく様子が変だったし、それにピストルなんか持っておられたものですから」
 と、私の考えを述べた。
 署長はうなずいて
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