た。
森君は先に立ってグングン歩いて行くので、僕はどこへ行く積《つも》りだろうと怪しみながらついて行くと、又《また》先刻《さっき》のお寺の門の所に来た。森君は平気でさっさと門を潜ってお寺の中へはいった。
「風岡君、僕はもう一ぺん縁の下に潜るから、あの変な坊さんが来ないか見ていて呉《く》れ給え。もし来たら、来たッと云って呉れ給え。好いかい」
僕がもうそんな事は好し給えと止めようと思っているうちに、森君はもう縁の下に潜ってしまった。僕は先刻の和尚さんが来たら又怒るだろうと思って気が気ではなかった。すると、向うの方から急いで来る和尚さんの姿が見えたから、僕は縁の下を覗《のぞ》きながら大きな声で、
「来たッ!」と云った。
森君は急いで這い出して来て起上《おきあが》ると、泥を払う暇もなく、
「風岡《かざおか》君逃げろ、逃げろ」と云って、一目散に走り出した。僕も夢中で駆け出したが、先に駆けて行く森君の手を見ると、何だか瓶《びん》みたいなものを掴《つか》んでいた。
「待てッ! こら泥棒!」
和尚さんは大きな声で怒鳴って、ドシンドシンと僕達の後を追い駆けて来た。僕達はもう少しの所で捕まる所だったが、その時に森君は以前《まえ》に見て置いたと見えて、村の交番の中に駆け込んだ。(ここは交番と云うのではなく駐在所と云うんだそうだ)僕も続いて駆け込んだ。中にいた巡査は目を丸くした。
「そ、そいつは泥棒です」
息を切らしながら後から駆けて来た坊さんは、巡査とは知合《しりあい》の中だから、ちょっと会釈《えしゃく》して、僕たちを睨《にら》みながら云った。
「泥棒でも何でもありませんよ。坊さんの方が悪いのです。これを見て下さい」
森君も息を弾《はず》ませながら云って、手に握っていた瓶を巡査の前に差出した。
「な、なんじゃね。之《これ》は」
巡査は吃驚《びっくり》したように云った。びっくりするのも無理がない、誰だって出し抜けに汚い瓶を目の前に出されたら、何が何だか分りゃしないもの。
「之はお寺の縁の下にあったのです。これは劇薬の塩酸の瓶です。これは――」
森君が云いかけると、坊さんは今まで真赤にしていた顔を、急に真蒼《まっさお》にして森君に飛びかかろうとしたが、直ぐに思い返して、ドンドン元来た方へ逃げようとした。
森君は大きな声で叫んだ。
「アッ、逃がしてはいけません。早く捕まえて下さい。あの坊さんが贋紙幣《にせさつ》を造っているんですッ!」
交番の巡査は泡を喰って坊さんの後を追《おっ》かけた。
三
「僕は始めには何にも知らなかったさ」
坊さんが捕まって、森君の云った通り贋紙幣を造っていた事を白状した時に、森君はちょっと得意になって云いました。
「僕は飛山君が気の毒だと思って、一ぺん飛山君の家へ行って、お父さんが貰って使おうとしたと云う贋紙幣はどこから来たのか、旨《うま》く行けば尋ね出したいと思ったんだよ。所が道で、ホラ、びっこを引いた犬がいたろう。脚の爪の間の蝨《だに》を取ってやる時に、ふと脚の裏を見ると赤味のかかった紫色のインキがついているじゃないか。僕は知っているけれども、之《これ》は普通のインキじゃない。印刷用の上等のインキなんだ。念の為にペンキ屋があるかと聞いて見たがないと云うし、田舎に印刷屋がある筈《はず》もない。おかしいなと思って、他の犬を調べて見たが、一匹だけ、ホラ、茶の斑《ぶち》のお寺の犬の脚の裏にベットリと同じインキがついているんだ。白い犬と斑犬《ぶちいぬ》は親友らしく、いつも一緒にふざけているらしい。そこで、僕はお寺へ行って見る気になったのさ。そうしたら、二匹の犬がお堂の縁の下へ駆け込んだろう」
「うん」僕はうなずいた。「それで、君はわざと五十銭銀貨を落して、縁の下へ潜りこんだのだね」
「そうなんだよ。けれども、実は僕はあの時には未《ま》だ何にも分らなかった。所が、お寺の和尚さんが僕をひどく叱りつけて、銀貨を探していると云ったら、銀貨をやるから縁の下には潜るなと云ったろう。あの時に僕はふと怪しいと思い出したんだ。和尚さんの様子が只事《ただごと》じゃなかったからね。二匹の犬はどこで印刷に使う赤紫のインキを踏んだのか知らないけれども、仮《か》りにお堂の下で踏んだものとしたら、そして和尚さんがお堂の下を見られるのを嫌《いや》がっているとしたら、大いに怪しくなって来るじゃないか」
「それから君は電灯会社の詰所へ行ったね」
「ああ、僕はね、もしどこかで紙幣《さつ》を印刷していたら、きっと機械を動かすのに電気を使うだろうし、その電気は黙って盗むに違いないと思ったから工夫の詰所へ行って聞いて見たのさ。そうしたら僕の思い通りだったんだ」
「それから鍛冶屋へ行ったのは」
「もし、僕が怪しいと思った和尚さんが、贋紙幣を拵え
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