ていたら、機械を使うのだから、何か鍛冶屋に注文してはいないかと思ったから訊いて見たんだ。そうしたら、お寺に要りそうもないネジ廻しを注文していたと云う事が分った。これでいよいよお寺が怪しくなったので、もう一度お寺に帰って縁の下に潜りこんだのさ。そうして、ずっと奥の方に入って見ると、暗くてよく分らないけれども、大きな穴が掘ってあって、その中に機械らしいものが見えた。その時に君の来たッ! と云う声が聞えたので、急いで飛出したんだが、その時に傍に転げていた瓶を拾って来た。外へ出て見たら、それは劇薬の塩酸の空瓶《あきびん》だった。塩酸は印刷に使う銅の板を磨いたり、腐蝕《ふしょく》させて、いろいろの文字や模様を彫り込むのに使うのさ。駐在所まで追かけて来た坊さんは僕にすっかり見破られたと思ったので、あわてて逃げ出したんだよ」
 僕は感心して森君の顔を見た。全く森君はいろんな事を知っているのには敬服する。
 お寺の縁の下は直ぐ調べられたが、森君の云った通り中ほどに大きな穴が掘ってあって、そこに精巧な印刷機械が据えつけてあった。印刷機械は電気で動くようになっていて、電気は勝手に線を引いて盗んでいた。大きなお堂の縁の下だし、廻りは広々と明いているし、お寺がすでに一軒ポツンと離れているのだから、少し位機械の音がしても聞えはしなかったのだ。それに誰だってお寺の坊さんと云えば尊敬しているのが常だから、そんな悪い事をしようとは思わなかったので、中々知れなかったのだ。
 坊さんは縁の下の秘密が分ったので、すっかり白状してしまった。外にも四五人仲間があって、中には印刷の職工や画工や彫刻師があったが、みんな捕まってしまった。だんだん調べてみると、主謀者は他にあって、坊さんは無理に引込まれたのだと云う事だった。飛山君のお父さんは家が貧乏で、お寺からお金を借りたり、いろいろ世話になっていたので、今度も、坊さんから贋紙幣と知らないでお金を借りたのだったが、警察へ連れて行かれた時に恩になった坊さんの名を出すまいと、どんなに調べられても黙っていたのだった。飛山君のお父さんは恩を忘れないで感心には感心な人だけれども、そう云う悪い事をする人の世話になったのはいけないとお母さんがおっしゃった。だから人は無闇《むやみ》に他人の世話にならないで、独立してやって行けるようにならなくてはいけませんとおっしゃった。
 森君は又警察から賞《ほ》められて褒美《ほうび》を貰った。飛山君は元通り学校に来ているが、何でも飛山君の感心な事を聞いて、誰かが学資を出して呉れるようになったので、飛山君は前のように苦学をしなくても好いようになって、前よりももっと出来るようになった。好い事をしていればいつか報いられるものだと思う。
 飛山君は幸福となるし、飛山君のお父さんは疑いが晴れるし、森君は本当に好い事をしたと思う。大人も見つける事の出来なかった悪者を見つけて、この世の中から退治たのは偉いと思う。森君は大人のような智慧《ちえ》があって、何だか恐《こわ》いけれども、一方ではとても優しい所があるから僕は大好《だいすき》だ。現に今度の事でも、森君が優しくびっこの犬を介抱してやったればこそ、緒《いとぐち》が見つかったんだから。



底本:「少年小説大系 第7巻 少年探偵小説集」三一書房
   1986(昭和61)年6月30日第1版第1刷発行
初出:「少年倶楽部」
   1930(昭和5)年8月
入力:阿部良子
校正:大野 晋
2004年11月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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