階段にはキラキラと日が当っていた。あたりには誰もいなかった。
 森君は階段を上って、お堂の中を覗《のぞ》き込んで、廻郎を歩き廻って下へ降りて、今度はお堂の廻りをグルグル歩き初めた。さっきからついて来た二匹の犬は、馴《な》れた場所だと見えて、大はしゃぎで、飛びついたり一緒に転んだり、追い駆け廻したりしていたが、そのうちに一匹が勢《いきおい》よくお堂の下に飛込むと、後の一匹がその後を追って縁の下に消えた。暫くすると、二匹が又勢よく飛出してきた。
 森君は暫く犬のふざけているのを見ていたが、又お堂の上に昇った。そうして何と思ったのか、蟇口《がまぐち》を取り出して中から五十銭銀貨をつまんだかと思うと、廊下の隙間から縁の下へポタンと落した。そうして、しまったと云いながら、(その癖《くせ》森君はニヤニヤ笑っていた)急いで下に降りて縁の下に潜り込んだ。
 僕は何の事だか訳が分らないので、ボンヤリ立って縁の下の方を眺めていた。
 森君は、余程奥の方にはいり込んだらしく、少しばかり外に食《は》み出していた靴の先もやがて見えなくなった。
 すると、この時に背後《うしろ》の方に人の足音がしたので、僕は吃驚《びっくり》して振り向いた。和尚《おしょう》さんだろう。背の高い恐い顔をした坊さんが立っていた。
「何をしているんだ」
 坊さんらしくない横柄《おうへい》な声で訊いた。僕はどう云おうかと思っていると、縁の下からあとずさりをしながら森君が這《は》いだして来た。洋服中泥だらけだ。僕は森君があとずさりで這っている姿がおかしかったので、クスリと笑った。然《しか》し、坊さんは笑おうともしないで益々《ますます》恐い顔をして、今度は這い出したばかりで、ズボンの泥を払っている森君の方を向いて云った。
「何をしているのか」
「僕この上から五十銭銀貨を落したので、潜り込んで探しているんです。中々見つからないのです」
 森君が弁解すると、坊さんは少し顔を和《やわら》げて優しくなった。
「なに、五十銭銀貨を落したって。そそっかしい子供だなあ。小父さんが五十銭出して上げるから、縁の下に潜るのはお止《よ》し」
 そう云って坊さんは懐中《ふところ》から財布をだして、五十銭銀貨を森君に渡そうとした。森君は手を振って受取らなかった。
「好《い》いんです。僕が悪かったのですから。もう縁の下なんかに潜りません。さようなら」
 森君は帽子を取ってペコンとお辞儀をして、坊さんが呆《あき》れている暇にさっさと歩きだした。僕も少し呆れながら森君の後について行った。
 お寺の門の外へ出ると、森君は又妙な事を云い出した。
「この辺に電灯会社の出張所はないかなあ」
 暫くブラブラ歩いているうちに、十軒ばかり家が並んでいる所へ来た。その外《はず》れの一軒に電力会社|工夫《こうふ》詰所《つめしょ》と書いた札が出ていた。森君はその中にはいって行った。中には恐い顔をした工夫が二三人いたが、森君は平気だった。森君は全く勇敢だ。
「小父《おじ》さん」森君はなれなれしく云った。「この近所に動力を使っている所がありますか」
「ああ、あるよ。この向うの精米所《せいまいじょ》と、それからこっちの機織場《はたおりば》と。妙な事を聞くね」工夫の一人は不審そうに森君を見た。金ボタンの制服を来た小さい中学生がだしぬけに変な質問をしたのだから、工夫の驚いたのは無理がない。
「有難う。その他にありませんか」
「その他には、この近所にはないね」
「この頃盗電はありませんか」
「あるよ。盗電があって困っているんだ」
 工夫はびっくりしたように森君の顔を眺めながら答えた。
「どこで盗んでいるんだか分らないんですか」
「分らないので困っているんだよ。君はどうしてそんな事を訊くんだい」
「別にどうという事はないんです。どうも有難う。さようなら」
 森君は又ペコンと頭を下げて外に出たが、珍らしく僕に話かけた。
「大人なんて、案外駄目なもんだなあ」
 僕は何が駄目なのかよく分らなかったので黙っていた。
 工夫詰所を出た森君は後戻《あともど》りを始めた。すると、来る時には気がつかなかったが、一軒の小さい鍛冶屋《かじや》があった。ブーブーと鞴《ふいご》でコークスの火を燃やして、その中で真赤にした鉄を鉄床《かなとこ》の中に鋏《はさみ》で挟《はさ》んで置いて、二人の男がトッテンカンと交《かわ》る交《がわ》る鉄鎚《てっつい》で叩いていた。叩く度にパッパッと火花が散った。
 森君は鍛冶屋の前に行くと又ツカツカと中にはいった。
「お寺の和尚さんの頼んだものはいつ出来ますか」
「ネジ廻しかね」向う鎚《づち》を振上げた男は迂散《うさん》そうな顔をして、森君を見ながら、「明日の朝出来ますだよ」
「有難う」
 森君は鍛冶屋を出たが、ニコニコしていて何だか嬉しそうだっ
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