当時の事を野村の父はこう書いていた。
 野村の父が何よりも苦心したのは、この事を絶対秘密裏に処理することだった。それがどんなにむずかしい事であったろうかは、察するに余りあることだ、そうして彼はそれに十分成功したらしい。今から二十四五年以前の事で、新聞紙も今ほど機敏ではなかったろうが、一方にはこんな事を喜んで書き立てる赤新聞もあったろうに、嗅ぎつけられもせず、よし嗅ぎつけられたとしても、それを紙上に出させなかったのは、確かに特筆すべき野村の父の功績といっていゝ、全くこの事は少しも世間に洩れないで済んだらしいのだ。
 一方には又、お清の文字通りの献身的な努力もあったらしい。彼女は重武と刺違って死のうとさえいい、又実行しかねない勢だった。この事を野村の父は「真に烈女というべし」といって感嘆している。今日の言葉でいえば所謂母性愛の発露であろうが、二川家の存亡に関することでもあり、朝子未亡人には重大な影響のあることでもあり、お清は猛然奮い起《た》ったものらしい。

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 僕は何とかして重武の訴訟その他の抗告申請を取消させようと試みた。然し、彼は頑として応じない。彼にして見
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