いた記憶が野村にはないから、上京しなかったか、上京しても直ぐ又旅に出たものと思われるのだ。
 かくして、四五年の平和が続いた後に重行の急死となったのだった。
 野村はホッと一息した。そうして、次の書類を取上げたがそれは重行が野村に送った遺書だった。


          四

 二川重行の遺書は彼の死後、直ぐに野村の父に送られたものらしく、読んで行くうちに、それが思いがけなく重大な告白だったので、野村は次第に昂奮を覚えて来た。

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 親愛なる野村儀造君
 君も知られる通り、僕は心臓に故障があるから、いつ死ぬか分らぬ。実は死ぬまでにこの告白を君にだけして置くべきであるが、僕にはそれが出来なかった。本当の事をいえば、僕は死んだ後も、君にこの事を知られたくはないのだ。然し、どうかすると重武が薄々感づいたかも知れぬ。仮令《たとえ》今は感づかなくても、あゝいう奴だから、いつ感づくか知れない。それも僕が生きていれば、大して恐れはしないが、死んだ後になって、どんな難題を朝子に吹きかけるか知れぬ。その時に朝子の力になって呉れるのは君一人だ。だから君にはどうしても隠すことは出来な
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