があるんだろうよ」
この後の半分の言葉は、質問者に答えているよりは、むしろ彼自身に安心の為にいって聞かせているのだった。
二
七月の午後五時は未だカン/\日が照っていた。野村は休日の昼寝から眼が覚めて、籐椅子に長くなったまゝ夕刊を見た。そうして二川重明の自殺を知った。
自殺の記事が眼に這入《はい》った瞬間に、野村はとうとうやったなと思った。次の瞬間には、頭ばかり大きくなって、眼をギョロ/\させている妖気に充ちた重明の顔が間近の中空に浮んで見えるような気がした。
野村は実にいやあな気がした。それは友人の死を悼《いた》むとか悲しむとかいうはっきりした感情ではなくて、自分自身が真暗な墓穴の中に引込まれるような、一種の恐怖に似た不快さだった。
野村は鉛のような重い灰色の空気に押し被《かぶ》された気持で、暫くは呼吸《いき》をするのさえ忘れたかのようだった。
が、やがて深い溜息と共に、友を悼む気持が、急にこみ上げて来たのだった。
二川は乗鞍岳の雪渓の発掘を始めてから、以前にも増して、容態が悪くなった。極度の不眠と食欲の減退で、痩せ方が更に甚《はなはだ》しく、その焦燥した態度は正視に堪えないほどだった。いよいよ発狂か、それでなければ自殺、二つのうち一つではないかと、野村は恐れていたのだ。
それが、雪渓発掘に着手してから、十三日目に自殺になって現われたのだ。
野村は唯一人の友人として、二川の自殺を阻止することの出来なかった事に、自責の念を感じた。彼が二川を愛することの足りなかった事が、犇々《ひし/\》と彼の心を責めた。
と同時に彼はふと可成《かなり》重大な事に気がついた。それは彼が二川家から重明の自殺の報知を受けない事だった。
野村はもう一度夕刊を見直した。
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――乗鞍岳の大雪渓の発掘を始めて、問題を惹《ひ》き起していた二川子爵は、極度の神経衰弱で苦しんでいたが、今朝十時寝室で冷くなって死んでいるのが発見された。死亡の原因は多量の催眠剤を呑んだ為らしく、それが自殺の目的で呑まれたのか、過失によるものか不明であるが、恐らく前者であろうと見られている。尚《なお》子爵家では自殺説を否認し、喪を隠している。
[#ここで字下げ終わり]
流石《さすが》に華族たる身分に遠慮してか、余り煽情的な書方をせず、極《ご》く簡単
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