の事件以後一年ばかりは、重行と絶交状態らしかった。

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 今日久し振りで二川を訪ねた。
 変な羽目で喧嘩別れをしてから、一年ばかりは全く絶交状態だった。その間にも、時々懐しくなったり、済まないような気になったりした。こっちから頭を下げて行くのは業腹《ごうはら》だから、じっと辛抱していた。後で聞いて見ると、向うでもやっぱり同じような気持だったらしい。
 その後半年ばかりの間に、集会の席で二三度会った。別に睨み合っていたという訳ではないが、それでも打解けなかった。
 今日はとうとう耐らなくなって、彼の家を訪ねたのである。
 最初は何となく気拙《きまず》かったが、暫く話しをしているうちに、やはり古い馴染というものは有難いものだ。いつの間にか障壁がとれて、もう昔の通り、君僕の会話になっていた。
 二川は顔色が少し悪く、健康状態はよくないらしかったが、予想以上に元気だった。朝子さんの姿が見えないので、
「奥さんは?」と訊くと、
「京都の里へ養生に行っているよ」
 朝子さんの里は京都の或る公家《くげ》なのだ。
「どう悪いんだい」
「なに、大した事じゃないんだ」
 と、二川、僕の視線を眩《まぶ》しそうに避けて、話したくない様子なのだ。仲直りをして早々《そう/\》、又気持を悪くさせてもいけないと思って、僕は直ぐ話題を変えた。
「弟はどうしている?」
「重武か」と、二川は吐き出すようにいって、「奴は相変らずだ。住所も定めずにうろつき廻っているが、感心に金だけはキチンと要求して来るよ」
「山登りを始めたというじゃないか」
「ウン、二三年来、日本アルプスとかいって、信州や飛騨の山を歩いているらしい。東京にいて女狂いや詐欺みたいな事をされるより勝《ま》しだと思っているんだ」
「そうとも、重武君もそうやって、登山なんか始めた所を見ると、性根が直ったのじゃないかね」
「駄目だよ。あの腐った性根は死ぬまで直りっこないよ。遇《たま》に神妙にしていると思えば、きっと何か企んでいるんだからね。僕はあれ[#「あれ」に傍点]が谷にでも落ちて死んで終《しま》えばいゝと思っているよ」
 重武の話で、彼は又そろ/\不機嫌になって来たので、再び話題を転じて、毒にも薬にもならない世間話をしていゝ加減の所で切上げて来た。
 帰りがけに彼は機嫌よく、
「又、ちょい/\来て呉れ給え。それから顧問弁護
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