例の如く相続者の問題だ。
僕も鳥渡癪に障ったから、
「一体君はいくつか」
と訊いてやった。
「君と同じ年だ」
「じゃ、やっと、三十二じゃないか、奥さんは確か二十七だろう。未だ子供を諦める年じゃない。相続人、相続人といって騒ぐのは早い」
すると、二川は妙に萎《しお》れていうのだった。
「いや、朝子は身体が弱いから、到底子供は望めない。それに僕は心臓に故障があるから、いつ死ぬか分らんし――」
「心細いことをいうな、大丈夫だよ」
「駄目だ」
「大丈夫だ」
すると、二川は急に威丈高になって、
「君は何だ。僕の顧問弁護士じゃないか、相続の問題については、真面目に僕のいう事を聞く義務がある。君がそんな態度を執るなら、今日限り顧問弁護士を断って、他へ相談に行く」
そういわれては仕方がないので、
「よし、じゃ聞こう」
「僕が死ぬと、誰が二川家を相続するのだ」
「いつもいう通り、奥さんに相続権があるが、それでは二川家は絶えて終う。重武君が相続する順になるだろう」
「それが僕は堪えられないんだ。あの放蕩無頼の重武に、二川家を相続させる事は、いかなる理由があっても嫌だ。卑《いや》しい女を母親に持って、居所も定めず放浪している人間なんかに、二川家を継がしてなるものか。そんな事をしたら、奴は朝子をどんな眼に会せるか分らない」
「その事は度々聞いた。或る程度まで僕は同感だ。それなら養子をするより仕方がない。尤も君が死んだ後に、奥さんが養子することも出来るが」
「僕は血の続きのない他人に、二川家を譲りたくない」
「そんな事をいっても無理だ。華族は法律上の親族か、或いは同族以外からは養子を迎える事が出来ない」
「あゝ」
二川は落胆したように溜息をついた。
二川家は代々子供の少い家で、重行の父の重和は一人子だし、祖父の重正には弟が一人あるきりだった。御維新後この弟の後はどうなったかはっきりしないが、仮りにその孫があるとして、重行の再従兄弟《またいとこ》になって法律上の親族であるが、養子にするにはその子でなければ年が釣合わないが、そうなるともう親族でなくなって終うのだ。
それで、養子をするとすれば、全然血の続きがなくなり、それを嫌えば、重武に譲るより途はないのだ。
「あゝ」と、二川は又深い溜息をついて、「顧問弁護士として、何かいゝ方法を考えて呉れ」
「それは無理というものだ。重武君以外
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