うも奥さんの姿が見えない事だ。何しろ一杯に混んでいるから、両隣りの人でさえ、どんな人だか分らない位で、無論入口の方に乗っている人などはてんで見えないのだが、どうも奥さんが乗っているらしい様子が感じないのだ。私はだんだん心配になって来た。
やがて自動車は、呉服店の前で止った。
私は気が急いたけれども、中々降りる番が廻って来ない。漸くの事で片足が地面についた時に、それでも私はニコやかに迎える若い奥さんの姿を予期していた。が、どこにもその姿は見えなかった。
私は情けない気持で次の自動車を待った。故障でもあったのか、自動車は中々来なかった。私はなき出したくなった。やがてブルブルと音を立てて自動車が眼の前へ止った時はああ助ったと思ったが、どうしたと云う事だ! 奥さんの姿は見えないのだ!
私はあわてた。一生懸命にあやしても、兎もすると泣き出そうとする赤ン坊を抱えて居ては気が気じゃない。それに往来の人がジロジロと見るような気がする。考えて見ると――今まで何と云う迂闊《うかつ》な事だったろう――私はこんな人眼につく所にウロウロしている訳には行かないのだ。知ってる人にでも見つかればどんなにか困る
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