付いているのですもの。沁々《しみじみ》話す暇もなかったわ。ええ、お子さんはなかったの。そういう訳で、診察所の方の人達と口を利くのはあたしだけといってよい位だったわ。そりゃああたしがお侠《きゃん》だからだけれども、先生の小間使いですもの、そりゃどうしたって診察所との交渉が多いわよ。ええ、こりゃ漢語よ。
 それで書生さんの下村さんと内野さんとがとても素敵なの。そりゃいい男なのよ。あら、そんな事いうなら、もう話を止《よ》すわよ。
 二人とも二十四、五だったわ。内野さんがなんでも三月か四月に来て、それから一月程して下村さんが来たの。二人とも江戸っ子だったわ。無論お互いに前は知りっこなし。よく旨く揃ったものだわね。どっちもいい体格でね。肉体美っていうのね、デッブリ肥っているんでなしに、スラリとしているんだけれども、肉が締まっているんだわ。下村さんの方は色が白くてニコニコすると、そりゃ愛嬌があるんだけれども、眼許に少し険があってね、どっちかというと考え深そうな顔でした。内野さんは少し浅黒い方で、ハイカラな言葉でいうと、そりゃ明るい顔なの、だからまあ、下村さんの前では打ち解けて話しても心の隅にはどっ
前へ 次へ
全40ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング