は全く苦戦でしたよ。何しろ相手が下村君、実は木村清君という豪の者ですものね。ただあの場を切りぬけるだけなら訳はなかったのですが、先生のご研究をそっくり頂戴したいと思いましてね。古田の忍び込んで来たのは、元々、私が誘き寄せたのですから、証拠がなくたって、私にはちゃんと分かっている訳です。実は彼をその場で押さえて、原稿の在処《ありか》をいわせるつもりでしたが、紅茶に酔わされて駄目。そこでそれを逆用して、古田の事をいい立てて、検事の信用を博すると共に、古田を刑務所に送ろうとしたのです。無論留守中に彼の宅から原稿を盗み出すつもりです。
 それで、かねて古田の手から奪い取った彼の翻訳の原稿の切れ端を、手早く書物の間に挟んで、それを証拠に古田の来た事をいいたてたのですが、検事始め余人は騙せましたが、たちまち木村君に看破《みやぶ》られたらしいのです。私はもういけないと思いました。先生の仕掛けに気がついて天井裏に潜り込んだ時に、予期した通り最後の研究の原稿は見つかりましたが運び出す事が出来ません。多分診察所の窓を開けて置いた事も、木村君は気付いているだろうと思って先手を打ったのでしたが、思えば危ない事
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