たし達みんな順繰りに調べられたわ。お役人さんて妙ね、髭をはやした立派な身装《みな》りをした人が、痩せこけたみすぼらしいお爺さん見たいな人にヘイヘイするんですものねえ。あのお爺さんがきっと判事さんとか検事さんとかいうのよ。まあ検事さんにしとくわ。あたしは知ってる通りいったわ。指紋とかをとられたわ。外の人達もみんな簡単にすんだらしいけれども、下村さんと内野さんは随分調べられたようだったの。しまいには二人一緒に調べられたようよ。つまりね、二人とも何も知らないでグッスリ寝ていたのが可笑《おか》しいというのでしょう。それに物奪《ものと》りだか、遺恨《いこん》だかとにかく先生を殺した奴は診察所の窓から入って、書生部屋の前を通り、書斎へ入って、背後《うしろ》から先生を文鎮で一打ちに殺して置いて、悠々《ゆうゆう》とそこいら中を探し回って裏口から逃げたというのが警察の見込みで、それに診察所の窓は一つだけ、中からかけ金がはずしてあったらしいというので、一層二人が疑われたんだわ。文鎮はどこに置いてあったかって。あんたも検事さん見たいな事をいうのね。あたしそれを聞かれるとちょっと困ったわ。妙なもので、毎日見ているものでも、だしぬけに部屋のどの辺にあったかと聞かれると、ちょっとまごつくわね。あたし多分先生の書き物机の左方にある別の机の上に置いてあったと思ったわ。え? ええ、先生の死骸は何でも死後何時間とかいうので、兇行は前の晩の二時頃と定《き》まったんです。
 内野さんと下村さんは訊問が済んで、書生部屋へ帰ると、何かコソコソ話し出したの。紅茶という声が聞こえたので、あたしは思わず聞き耳を立てると、
『君、どうして検事に先生の前で紅茶を飲んだ事をいわなかったのだい』内野さんの声、
『君こそどうして隠したんだい』下村さんの声。
『僕は先生に迷惑がかかりはせぬかと思ったのでいわなかったよ』
『僕もまあ君と同じ理由《わけ》だが、も一つは君が迷惑しないかと思ってね』
『何、僕が』内野さんは驚いたようだったわ。『どういう訳だい』
『君はグッスリ寝ていて何も知らなかったというのはほんとかい』
『残念ながらほんとだよ、君が何をしても知らなかったさ』
『妙な物のいい方だね』下村さんは案外落ち着いているわ。『僕こそ君が何をしても知らなかったのだよ』
 二人で疑りっこしているのだわ。あたし二人ともよく寝ていた事は知っているのだから、喧嘩になるようなら、そういってあげようかと思っていると、いい塩梅《あんばい》にそれっきり話がしまいになったらしいの。
 そうこうしているうちに大変な事が持ち上がったの。奥さんはほら前にいった通り瀕死《ひんし》の病人でしょう、先生の事なんかお耳に入れるとどんな事になるか分からないので、お役人も考えていたらしいのですけれども、聞かなきゃならない事もあるし、話さずに置く訳に行かなくなったので、まあお米さんが引き受けて、遠回しに話し出すと、奥さんは案外平気なんですって、気丈な方ね。そうしてお米さんに、『旦那さんはかねがねもしもの事があったら、書斎の西北の隅の腰羽目《こしばめ》の板を少しズラすと鍵穴があるから、そこを開けると遺言が入っているから開けて見るように』と仰しゃっていたからといって、奥さんは預かってあった鍵をお出しになったのよ。
 お役人なんてやっぱりあわてるのね。お米さんが自分が持って行くのは嫌なものだから、鍵をあたしに頼んだんでしょう。あたし仕方がないから書斎に持って行ったの。そうすると検事さんでしょう、痩せこけた上役らしい人がしかつめらしい顔で受け取ってあたしに『西北はどっちですか』と聞くでしょう。あたし達いつでも右左っていってるんですもの。突然《だしぬけ》に西だの東だのったって、容易に分かりゃしないわ、考え込んでいると、丸顔の肥《ふと》ったもう一人のお役人が磁石を出しかけたの。ところがそれがズボンの帯革に鎖がからまってなかなかはずれないの。肥っているから自分の腰の所がよく見られないのでしょう。あわてるから反《かえ》ってなかなかとれないの。検事さんは少しイライラしていたようだわ。やっと鎖が外れると、ほらあの金で出来た磁石によく蓋《ふた》がついているでしょう。あれなのよ。それでなかなか蓋が開かないの。検事さんはとうとう癇癪《かんしゃく》を起こして、下村さんか内野さんかを呼ぶつもりでしょう。壁に取りつけたポッチを一生懸命に押し出したの。呼び鈴のつもりなんでしょうけれども、あれは電灯のスイッチなんですもの。誰も来る気遣いはないわ。年寄りの癖に新式のスイッチを知らないんでしょうかね。あたし教えて上げようかと思っているうちに、やっと磁石の蓋が開いたの。
『えーとこっちが北で、こっちが西と、この隅です』と机の置いてある真後ろの隅を指したの。お爺さんはやっ
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