弟は、チラリとその時私を見た。
 さうだ、さうだと、近頃でもその時のことを思ひ出すと、わけても酒をあふつた夜なぞ、独りになると思ふのだ、私はシラジラしい男だ。――人々よ、君等には私をシラジラしい男といふ権利がある!……
 だがまた、これは場違ひな話ではあるが、さうした私の心理の傾きを、或る時は、私がメタフィジックな函数を持ち客観性を失はない所以だと思ふのであつてみれば、そしてそれも亦、まんざら理由のないことでもないのであつてみれば、私はでは、どうした心構へをとればよいのであらうか?
 だからさ、だから『悲しみのみ永遠にして』と、ヴィニィの言ふのは本当だなぞと、考へることは出来るにしても、はやさう考へる段となれば、早くも私の悲しみはゴマ化されてゐるに過ぎない。……
 だから、だから人間は、気狂ひにならないために概念作用を持つてゐる……か。
 さうかさうかだ。だが茲《ここ》に到つて自体考へなぞといふものが、凡そなつちやあゐないものであることを、思はないではゐられない。
『その※[#「月+俘のつくり」、第4水準2−85−37]腫《おでき》は、と医者は席を立たうと思つたかして、私の方に向き直る
前へ 次へ
全21ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中原 中也 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング