神もなくしるべもなくて
窓近く婦《をみな》の逝きぬ
  白き空|盲《めし》ひてありて
  白き風冷たくありぬ

窓際に髪を洗へば
その腕の優しくありぬ
  朝の日は澪《こぼ》れてありぬ
  水の音したたりてゐぬ

町々はさやぎてありぬ
子等の声もつれてありぬ
  しかはあれ この魂はいかにとなるか?
  うすらぎて 空となるか?


都会の夏の夜

月は空にメダルのやうに、
街角《まちかど》に建物はオルガンのやうに、
遊び疲れた男どち唱ひながらに帰つてゆく。  
――イカムネ・カラアがまがつてゐる――

その脣《くちびる》は※[#にくづきに「去」、28]《ひら》ききつて
その心は何か悲しい。
頭が暗い土塊になつて、
ただもうラアラア唱つてゆくのだ。

商用のことや祖先のことや
忘れてゐるといふではないが、
都会の夏の夜《よる》の更《ふけ》――

死んだ火薬と深くして
眼に外燈の滲みいれば
ただもうラアラア唱つてゆくのだ。


秋の一日

こんな朝、遅く目覚める人達は
戸にあたる風と轍《わだち》との音によつて、
サイレンの棲む海に溺れる。 

夏の夜の露店の会話と、
建築家の良心はも
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