立ちまはれ。
このすゞろなる物の音《ね》に
希望はあらず、さてはまた、懺悔もあらず。
山|虔《つつま》しき木工のみ、
夢の裡《うち》なる隊商のその足竝もほのみゆれ。
窓の中《うち》にはさはやかの、おぼろかの
砂の色せる絹|衣《ごろも》。
かびろき胸のピアノ鳴り
祖先はあらず、親も消《け》ぬ。
埋みし犬の何処《いづく》にか、
蕃紅花色《さふらんいろ》に湧きいづる
春の夜や。
朝の歌
天井に 朱《あか》きいろいで
戸の隙を 洩れ入る光、
鄙《ひな》びたる 軍楽の憶《おも》ひ
手にてなす なにごともなし。
小鳥らの うたはきこえず
空は今日 はなだ色らし、
倦《う》んじてし 人のこころを
諌《いさ》めする なにものもなし。
樹脂《じゆし》の香に 朝は悩まし
うしなひし さまざまのゆめ、
森竝は 風に鳴るかな
ひろごりて たひらかの空、
土手づたひ きえてゆくかな
うつくしき さまざまの夢。
臨 終
秋空は鈍色《にびいろ》にして
黒馬の瞳のひかり
水|涸《か》れて落つる百合花
あゝ こころうつろなるかな
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