時こそ今は花は香炉に打薫じ
              ボードレール

時こそ今は花は香炉に打薫《うちくん》じ、
そこはかとないけはひです。
しほだる花や水の音や、
家路をいそぐ人々や。

いかに泰子、今こそは
しづかに一緒に、をりませう。
遠くの空を、飛ぶ鳥も
いたいけな情け、みちてます。

いかに泰子、いまこそは
暮るる籬《まがき》や群青《ぐんじやう》の
空もしづかに流るころ。

いかに泰子、今こそは
おまへの髪毛《かみげ》なよぶころ
花は香炉に打薫じ、


羊の歌

羊の歌
   安原喜弘に
 
   I 祈 り
死の時には私が仰向《あふむ》かんことを!
この小さな顎《あご》が、小さい上にも小さくならんことを!
それよ、私は私が感じ得なかつたことのために、
罰されて、死は来たるものと思ふゆゑ。
あゝ、その時私の仰向かんことを!
せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを!
 
   II
思惑よ、汝 古く暗き気体よ、
わが裡《うち》より去れよかし!
われはや単純と静けき呟《つぶや》きと、
とまれ、清楚のほかを希《ねが》はず。

交際よ、汝陰鬱なる汚濁《をぢ
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