々なものである。芸術、技術等の世界では、道具とか形式とかの相違が非常に大きい役を演ずるのだといふことは茲でも繰返し想起される必要がある。
では詩とは、どういふものかと問はれるでもあらう。出来ることなら即座にお答へしたい。だが、では帽子といふものはどういふものでせう? 恐らく「ああいふもの」と、貴方にも私にも互ひによく分つてゐるから「ああいふもの」なのですが「ああいふもの」だといふ以外に、此の場合他の如何なる言葉も帽子の属性なり用途なりの指示に止るほかはないでせう。
とはいへ詩とは、かういふものだと、何とか云つて見たく思ひます。で吃り吃り左に云ふ所は、どうか笑はないで聞いて貰ひたい。
詩とは、何等かの形式のリズムによる、詩心(或ひは歌心と云つてもよい)の容器である。では、短歌、俳句とはどう違ふかと云ふに、その最も大事だと思はれる点は、短歌・俳句よりも、度合的《どあひ》にではあるが、繰返し、あの折句だの畳句だのと呼ばれるものの容れられる余地が、殆んど質的と云つても好い程に詩の方には存してゐる。繰返し、旋回、謂はば回帰的傾向を、詩はもともと大いに要求してゐる。平たく云へば、短歌・俳句よりも、詩はその過程がゆたりゆたりしてゐる。短歌・俳句は、一詩心の一度の指示、或ひは一度の暗示に終始するが、詩では(根本的にはやはり一篇に就き一度のものだらうとも)それの旋回の可能性を、其処で、事実上旋回すると否とに拘らず用意してゐるものである。で、これを一と先づ「ゆたりゆたり」と呼ぶことにして、
此のゆたりゆたりが、日猶浅く大衆のものとなつてゐないので、つまり「ああいふものか」とばかり分り易いものとなつてゐないので、大衆は詩に親しみにくいのだし、詩人の方も産出困難なのである。事実我々が詩作の場合に、我々の周囲に一杯ある短歌や俳句の影響は余りにも浸入するといふやうな有様なのである。尤も、此の浸入が不可ないといふのではない、勿論裨益もするのだが、短歌や俳句が我が詩心界を代表する如くに一本立ちに、詩は猶それを代表することは出来なく、而も時勢は既に詩歌として短歌・俳句だけでは間に合はない詩的要求の萠芽を見てゐると云ひたいのである。勿論かういふことは、これと明確に云へることではないが、今仮りに手短かに云つてみるならば、短歌・俳句は、その形の大小を云ふのではないが、はやかぼそい歌声と我等が耳に響くのである。斯かる時詩は猶男の子として誕生してゐないとあつては、情ないことでもあるが、ただ此の場合、短歌や俳句といふ詩歌の形態が衰亡することを以て、詩歌そのものの衰亡となすならば早計であらう。人が、詩歌といふ「ああいふもの」を欲しくなる時がある限り、詩歌といふものは存するのである。
「散文が結果的に一つのイデーの下に凝集してゐるに対し、詩は一つのイデーから出発する」といふ河上氏の言を借用するとして、その真偽如何を問はず、詩が欲しくなる時、詩人は「一つのイデーから出発」してゐるもの即ち詩に赴くのであつて、他の物へではない。
散文が、詩にとつて代るのだらうと云ふ人があるかも知れぬが(人間の歌の呼吸が、散文程に長いものとなり得るとは一寸考へられないことからして、散文が詩にとつて変るなぞといふことは荒唐なことだとしか思へない、)もし小説が近頃流行するのでそんな気がするとならそれは小説の要求が強くなつたといふよりも、小説といふものを憧憬する青年が多くなつたといふことなぞ云つて置かう。
で、序でに、論旨を現代生活と連関させてみるならば、現在我が国が、芸術に対する関心を余り持つてをらぬといふのならば私にも分る。だがもし、音楽よりも文学にだとか、文学よりも絵画に関心は向いてゐるといふやうなことならば、此の場合私には分らない。蓋し、今仮りに文学よりも絵画の方により多くの関心が注がれてゐると云ひたい人があつたとすれば、それはその人自身が文学よりも絵画の方を好きなのであらう。
何やかと少しく話は乱れたが、何かしら道具を以て[#「何かしら道具を以て」に傍点]作されるものが詩であつて、それは、その詩の伝統を習得することによつて習得されるものである。それはその伝統の保守と超克とを問はず、伝統あつての話であり、新体詩と呼ばれて以来の詩の伝統は、猶貧しいものであるから、それを本場からよくソシヤクしなければならないと自ら鞭打したかつた迄である。
紙数に余裕があるので、何かのために、左の言葉を手帖より抜書きして擱筆することとする。
「此の世の中から、もののあはれを除いたら、あとはもう意味もない退屈、従つて憔燥が残るばかりであらう。それで、今仮に詩的性情を持つ一青年があつたとして、かの成巧せる実業家、成巧せる政治家が、子供や孫、一族郎党でもゐなかつたとしたら、どんなに退屈するものであるかは、一寸
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