風と一緒に容赦なく
吹込んでゐた。

読書も、しむみりした恋も、
あたたかいお茶も黄昏《たそがれ》の空とともに
風とともにもう其処にはなかつた。

   3

彼女は
壁の中へ這入《はひ》つてしまつた。
それで彼は独り、
部屋で卓子《テーブル》を拭いてゐた。


冬の長門峡

長門峡に、水は流れてありにけり。
寒い寒い日なりき。

われは料亭にありぬ。
酒|酌《く》みてありぬ。

われのほか別に、
客とてもなかりけり。

水は、恰《あたか》も魂あるものの如く、
流れ流れてありにけり。

やがても密柑《みかん》の如き夕陽、
欄干《らんかん》にこぼれたり。

ああ! ――そのやうな時もありき、
寒い寒い 日なりき。


米 子

二十八歳のその処女《むすめ》は、
肺病やみで、腓《ひ》は細かつた。
ポプラのやうに、人も通らぬ
歩道に沿つて、立つてゐた。

処女《むすめ》の名前は、米子と云つた。
夏には、顔が、汚れてみえたが、
冬だの秋には、きれいであつた。
――かぼそい声をしてをつた。

二十八歳のその処女《むすめ》は、
お嫁に行けば、その病気は
癒《なほ》るかに思はれた。と、さう思ひながら
前へ 次へ
全40ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中原 中也 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング