くらむすめ》の手をとるやうに、
ピアノの上に勢ひ込んだ、
汗の出さうなその額、
安物くさいその眼鏡、
丸い背中もいぢらしく
吐き出すやうに弾いたのは、
あれは、シュバちやんではなかつたらうか?
シュバちやんかベトちやんか、
そんなこと、いざ知らね、
今宵星降る東京の夜《よる》、
ビールのコップを傾けて、
月の光を見てあれば、
ベトちやんもシュバちやんも、はやとほに死に、
はやとほに死んだことさへ、
誰知らうことわりもない……
思ひ出
お天気の日の、海の沖は
なんと、あんなに綺麗なんだ!
お天気の日の、海の沖は
まるで、金や、銀ではないか
金や銀の沖の波に、
ひかれひかれて、岬《みさき》の端に
やつて来たれど金や銀は
なほもとほのき、沖で光つた。
岬の端には煉瓦工場が、
工場の庭には煉瓦干されて、
煉瓦干されて赫々《あかあか》してゐた
しかも工場は、音とてなかつた
煉瓦工場に、腰をば据ゑて、
私は暫く煙草を吹かした。
煙草吹かしてぼんやりしてると、
沖の方では波が鳴つてた。
沖の方では波が鳴らうと、
私はかまはずぼんやりしてゐた。
ぼんやりしてると頭も胸も
ポカポカポカ
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