苔はまことに、ひんやりいたし、
いはうやうなき、今日の麗日。
参詣人等もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。
(まことに人生、一瞬の夢、
ゴム風船の、美しさかな。)[#「()」は底本では二重の丸かっこ]
空に昇つて、光つて、消えて――
やあ、今日は、御機嫌いかが。
久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処《どこ》かで、お茶でも飲みましよ。
勇んで茶店に這入《はひ》りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。
煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、――
戸外《そと》はまことに賑やかなこと!
――ではまたそのうち、奥さんによろしく、
外国《あつち》に行つたら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。
馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。
まぶしく、美《は》しく、はた俯《うつむ》いて、
話をさせたら、でもうんざりか?
それでも心をポーッとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。
3
ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テムポ正しく、握手をしませう。
つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。
ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――
テムポ正しく、握手をしませう。
蛙声
天は地を蓋《おほ》ひ、
そして、地には偶々《たまたま》池がある。
その池で今夜一と夜さ蛙は鳴く……
――あれは、何を鳴いてるのであらう?
その声は、空より来り、
空へと去るのであらう?
天は地を蓋《おほ》ひ、
そして蛙声は水面に走る。
よし此の地方《くに》が湿潤に過ぎるとしても、
疲れたる我等が心のためには、
柱は猶《なほ》、余りに乾いたものと感《おも》はれ、
頭は重く、肩は凝るのだ。
さて、それなのに夜が来れば蛙は鳴き、
その声は水面に走つて暗雲に迫る。
後記
茲《ここ》に収めたのは、『山羊の歌』以後に発表したものの過半数である。作つたのは、最も古いのでは大正十四年のもの、最も新しいのでは昭和十二年のものがある。序《つい》でだから云ふが、『山羊の歌』には大正十三年春の作から昭和五年春迄のものを収めた。
詩を作りさへすればそれで詩生活といふことが出来れば、私の詩生活も既《すで》に二十三年を経た。もし詩を以て本職とする覚悟をした日からを詩生活と称すべ
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