の単なる多血質な人間を嗤《わら》ふに値ひする或る心の力――十分勇気を持つてゐて而も馬鹿者が軟弱だと見誤る所のもの、かのレアリテがあるのでないと、誰が証言し得よう?

 がそんなことなど棄て置いて、とも角も、私は口惜しかつた!

 私はその年の三月に、女と二人で、K市から上京したのだつた。知人といつては、私から女を取つたその男Iと、その男を私に紹介したTとだけであつた。だのにTは女が私の所を去る一ヶ月前に死んだので私にはもはや知人といふものは東京になくなつてゐたのである。一寸知つた程度の人が、五人ゐはしたが、その中の四人はIの尊敬者であり、一人は、朴直な粧《よそほ》ひをした通人で、愚直な私など相手にして呉れるべくもなかつた。彼は単なる冷酷漢で、それゆゑ却て平和の中ではやさしい人とみえる、或時は自分をディアボリストかなと思つたりして満足してみる、かのお仁《ひと》好しと天才との中間にある、得態[#「態」に「ママ」の注記]の知れない輩なのである。彼も文学青年なのだが、彼はまだ別に何にも書いてゐない。なのに、聞けば大家《たいか》巡りは相当やるさうである。そして各所で成績を挙げるらしいのだが、無理
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