た。
 甞ては私にも、金のペンで記すべき時代があつた! とラムボオがいふ。
「だいいち」と私は思ふのだつた、「あの女は、俺を嫌つてもゐないのだし、それにむかふの男がそんなに必要でもなかつたのだ……あれは遊戯の好きな性《たち》の女だ……いつそ俺をシンから憎むで逃げてくれたのだつたら、まだよかつただらう……」
 実際、女は慥かにさういふ性《たち》の女だ。非常に根は虔《つつま》しやかであるくせに、ヒヨツトした場合に突発的なイタヅラの出来る女だつた。新しき男といふのは文学青年で、――尠くもその頃まで――本を読むと自分をその本の著者のやうに思ひ做す、かの智的不随児であつた。それで、その恋愛の場合にも、自分が非常に理智的な目的をその女との間に認めてゐると信じ、また女にもそれを語つたのだつた。女ははじめにはそれを少々心の中で笑つてゐたのだが、遂にはそれを信じたらしかつた。何故私にそれが分るかといふと、その後女が私にそれらのことを語るのであつた。それ程この女は持操ない[#「持操ない」に「ママ」の注記]女である――否、この女は、ある場合には極度に善良であり、ある場合には極度に悪辣に見える、かの堕落せる天
前へ 次へ
全11ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中原 中也 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング