百羽の烏が声もて伴《つ》れ添ふ……
  ほんによい天使の川波、
樅の林の大きい所作に、
  沢山の風がくぐもる時。

すべては流れる、昔の田舎や
  訪はれた牙塔や威儀張つた公園の
抗《あらが》ふ神秘とともに流れる。
  彷徨《(さまよ)》へる騎士の今は亡き情熱も、
此の附近《あたり》にして人は解する。
  それにしてもだ、風の爽かなこと!

飛脚は矢来に何を見るとも
  なほも往くだらう元気に元気に。
領主が遣はした森の士卒か、
  烏、おまへのやさしい心根《こころね》!
古い木片《きぎれ》で乾杯をする
  狡獪な農夫は此処より立去れ。
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 朝の思ひ


夏の朝、四時、
愛の睡気がなほも漂ふ
木立の下。東天は吐き出だしてゐる
   楽しい夕べのかのかをり。

だが、彼方《かなた》、エスペリイドの太陽の方《かた》、
大いなる工作場では、
シャツ一枚の大工の腕が
   もう動いてゐる。

荒寥たるその仕事場で、冷静な、
彼等は豪奢な屋敷の準備《こしらへ》
あでやかな空の下にて微笑せん
   都市の富貴の下準備《したごしらへ》。

おゝ、これら嬉しい職人のため
バビロン王
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