、居ないのか
おゝ、百万の金の鳥、当来の精力よ!

だが、惟《(おも)》へば私は哭《(な)》き過ぎた。曙は胸|抉《ゑぐ》り、
月はおどろしく陽はにがかつた。
どぎつい愛は心|蕩《とろ》かす失神で私をひどく緊《し》めつけた。
おゝ! 竜骨も砕けるがよい、私は海に没してしまはう!

よし今私が欧羅巴の水を望むとしても、それははや
黒い冷たい林の中の瀦水《いけみづ》で、其処に風薫る夕まぐれ
子供は蹲《(しやが)》んで悲しみで一杯になつて、放つのだ
五月の蝶かといたいけな笹小舟。

あゝ浪よ、ひとたびおまへの倦怠にたゆたつては、
綿船《わたぶね》の水脈《みを》ひく跡を奪ひもならず、
旗と炎の驕慢を横切《よぎ》りもならず、
船橋の、恐ろしい眼の下をかいくぐることも、出来ないこつた。
[#改ページ]

 虱捜す女


嬰児の額が、赤い憤気《むづき》に充ちて来て、
なんとなく、夢の真白の群がりを乞うてゐるとき、
美しい二人の処女《をとめ》は、その臥床辺《ふしどべ》に現れる、
細指の、その爪は白銀の色をしてゐる。

花々の乱れに青い風あたる大きな窓辺に、
二人はその子を坐らせる、そして
露|滴《しづ》
前へ 次へ
全86ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中原 中也 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング