オか
心に持たぬ惨めなる
さもしい限りの
千の寡婦《(くわふ)》等も、

処女マリアに
祈らうといふか?

私は随分忍耐もした
決して忘れもしはすまい。
つもる怖れや苦しみは
空に向つて昨日|去《い》つた。

今たゞわけも分らぬ渇きが
私の血をば暗くする。

忘れ去られた
牧野ときたら
香《かをり》と毒麦身に着けて
ふくらみ花を咲かすのだ、

汚い蠅等の残忍な
翅音《はおと》も伴ひ。

何事にも屈従した
無駄だつた青春よ、
繊細さのために
私は生涯をそこなつたのだ。

あゝ! 心といふ心の
陶酔する時の来らんことを!
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 彼女は埃及舞妓か?


彼女は埃及舞妓《アルメ》か?……かはたれどきに
火の花と崩《くづほ》れるのぢやあるまいか……

豪華な都会にほど遠からぬ
壮んな眺めを前にして!

美しや! おまけにこれはなくてかなはぬ
――海女《あま》や、海賊の歌のため、

だつて彼女の表情は、消え去りがてにも猶海の
夜《よる》の歓宴《うたげ》を信じてた!
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 幸福


  季節《とき》が流れる、城寨《おしろ》が見える、
  無疵《(むきず)》な魂《もの》なぞ何処にあらう?

  季節《とき》が流れる、城寨《おしろ》が見える、

私の手がけた幸福の
秘法を誰が脱《のが》れ得よう。

ゴオルの鶏《とり》が鳴くたびに、
「幸福」こそは万歳だ。

もはや何にも希ふまい、
私はそいつで一杯だ。

身も魂も恍惚《とろ》けては、
努力もへちまもあるものか。

  季節《とき》が流れる、城寨《おしろ》が見える。

私が何を言つてるのかつて?
言葉なんぞはふつ飛んぢまへだ!

  季節《とき》が流れる、城寨《おしろ》が見える!
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 飢餓の祭り


  俺の飢餓よ、アンヌ、アンヌ、
   驢馬に乗つて失せろ。

俺に食慾《くひけ》があるとしてもだ
土や礫《いし》に対してくらゐだ。
Dinn! dinn! dinn! dinn! 空気を食はう、
岩を、炭を、鉄を食はう。

飢餓よ、あつちけ。草をやれ、
  音《おん》の牧場に!
昼顔の、愉快な毒でも
  吸ふがいい。

乞食が砕いた礫《いし》でも啖《くら》へ、
 教会堂の古びた石でも、
 洪水の子の磧の石でも、
 寒い谷間の麺麭《(パン)》でも啖へ!

 飢餓とはかい、黒い空気のどんづまり、
 
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