Y殺するに如《(し)》かずである!
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 忍耐


[#地付き]或る夏の。

菩提樹の明るい枝に
病弱な鹿笛の音は息絶える。
しかし意力のある歌は
すぐりの中を舞ひめぐる。
血が血管で微笑めば、
葡萄の木と木は絡まり合ふ。
空は天使と美しく、
空と波とは聖体拝受。
外出だ! 光線《ひかり》が辛いくらゐなら、
苔の上にてへたばらう。

やれ忍耐だの退屈だのと、
芸もない話ぢやないか!……チエツ、苦労とよ。
ドラマチックな夏こそは
『運』の車にこの俺を、縛つてくれるでこそよろし、
自然よ、おまへの手にかゝり、
――ちつとはましに賑やかに、死にたいものだ!
ところで羊飼さへが、大方は
浮世の苦労で死ぬるとは、可笑《(をか)》しなこつた。

季節々々がこの俺を使ひ減らしてくれゝばいい。
自然よ、此の身はおまへに返す、
これな渇きも空腹《ひもじさ》も。
お気に召したら、食はせろよ、飲ませろよ。
俺は何にも惑ひはしない。
御先祖様や日輪様にはお笑草でもあらうけど、
俺は何にも笑ひたかない
たゞこの不運に屈托だけはないやうに!
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 永遠


また見付かつた。
何がだ? 永遠。
去《い》つてしまつた海のことさあ
太陽もろとも去《い》つてしまつた。

見張番の魂よ、
白状しようぜ
空無な夜《よ》に就き
燃ゆる日に就き。

人間共の配慮から、
世間|共通《ならし》の逆上《のぼせ》から、
おまへはさつさと手を切つて
飛んでゆくべし……

もとより希望があるものか、
願ひの条《すぢ》があるものか
黙つて黙つて勘[#「勘」に「(ママ)」の注記]忍して……
苦痛なんざあ覚悟の前。

繻子《(しゆす)》の肌した深紅の燠《(おき)》よ、
それそのおまへと燃えてゐれあ
義務《つとめ》はすむといふものだ
やれやれといふ暇もなく。

また見付かつた。
何がだ? 永遠。
去《い》つてしまつた海のことさあ
太陽もろとも去《い》つてしまつた。
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 最も高い塔の歌


何事にも屈従した
無駄だつた青春よ
繊細さのために
私は生涯をそこなつたのだ、

あゝ! 心といふ心の
陶酔する時の来らんことを!

私は思つた、忘念しようと、
人が私を見ないやうにと。
いとも高度な喜びの
約束なしには

何物も私を停めないやう
厳かな隠遁よと。

ノートルダムの影像《イマージュ》を
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