で、
あの緑色の旅籠屋が
今時《いまどき》あらうわけもない。

     ※[#ローマ数字5、1−13−25]

   結論

青野にわななく鳩《ふたこゑどり》、
追ひまはされる禽獣《とりけもの》、
水に棲むどち、家畜どち、
瀕死の蝶さへ渇望《かわき》はもつ。

さば雲もろとも融けること、
――すがすがしさにうべなはれ、
曙《あけぼの》が、森に満たするみづみづし
菫の上に息絶ゆること!
[#改ページ]

 恥


刃《は》が脳漿を切らないかぎり、
白くて緑《あを》くて脂《あぶら》ぎつたる
このムツとするお荷物の
さつぱり致そう筈もない……

(あゝ、奴は切らなけあなるまいに、
その鼻、その脣《くち》、その耳を
その腹も! すばらしや、
脚も棄てなけあなるまいに!)

だが、いや、確かに
頭に刃、
脇に砂礫《こいし》を、
腸に火を

加へぬかぎりは、寸時たりと、
五月蠅《(うるさ)》い子供の此ン畜生が、
ちよこまかと
謀反気やめることもない

モン・ロシウの猫のやう、
何処《どこ》も彼処《かしこ》も臭くする!
――だが死の時には、神様よ、
なんとか祈りも出ますやう……
[#改ページ]

 若夫婦


部屋は濃藍の空に向つて開かれてゐる。
所狭いまでに手文庫や櫃!
外面《そとも》の壁には一面のおはぐろ花
そこに化物の歯茎は顫へてゐる。

なんと、天才流儀ぢやないか、
この消費《つひえ》、この不秩序は!
桑の実呉れるアフリカ魔女の趣好もかくや
部屋の隅々には鉛縁《なまりぶち》。

と、数名の者が這入つて来る、不平|面《づら》した名附親等が、
色んな食器戸棚の上に光線《ひかり》の襞《(ひだ)》を投げながら、
さて止る! 若夫婦は失礼千万にも留守してる
そこでと、何にもはじまらぬ。

聟殿《(むこ)》は、乗ぜられやすい残臭を、とゞめてゐる、
その不在中、ずつとこの部屋中に。
意地悪な水の精等も
寝床をうろつきまはつてゐる。

夜《よ》の微笑、新妻《にひづま》の微笑、おゝ! 蜜月は
そのかずかずを摘むのであらう、
銅《あかがね》の、千の帯にてかの空を満たしもしよう。
さて二人は、鼠ごつこもするのであらう。

――日が暮れてから、銃を打つ時出るやうな
気狂ひじみた蒼い火が、出さへしなけれあいいがなあ。
――寧ろ、純白神聖なベツレヘムの景観が、
この若夫婦の部屋の窓の、あの空色を
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