@ 空鳴り渡る鐘の音。
 ――俺の袖引く胃の腑こそ、
   それこそ不幸といふものさ。

 土から葉つぱが現れた。
 熟れた果肉にありつかう。
 畑に俺が摘むものは
 野蒿苣《のぢしや》に菫だ。

   俺の飢餓よ、アンヌ、アンヌ、
   驢馬に乗つて失せろ。
[#改ページ]

 海景


銀の戦車や銅《あかがね》の戦車、
鋼《はがね》の船首や銀の船首、
泡を打ち、
茨の根株を掘り返す。

曠野の行進、
干潮の巨大な轍《あと》は、
円を描いて東の方へ、
森の柱へ波止場の胴へ、
くりだしてゐる、
波止場の稜は渦巻く光でゴツゴツだ。
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     追加篇
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 孤児等のお年玉


     ※[#ローマ数字1、1−13−21]

薄暗い部屋。
ぼんやり聞こえるのは
二人の子供の悲しいやさしい私話《ささやき》。
互ひに額を寄せ合つて、おまけに夢想《ゆめ》で重苦しげで、
慄へたり揺らいだりする長い白いカーテンの前。
戸外《そと》では、小鳥たちが寄り合つて、寒がつてゐる。
灰色の空の下で彼等の羽はかじかんでゐる。
さて、霧の季節の後《あと》に来た新年は、
ところどころに雪のある彼女の衣裳を引摺りながら、
涙をうかべて微笑をしたり寒さに慄へて歌つたりする。

     ※[#ローマ数字2、1−13−22]

二人の子供は揺れ動くカーテンの前、
低声で話をしてゐます、恰度《(ちやうど)》暗夜に人々がさうするやうに。
遠くの囁でも聴くやう、彼等は耳を澄ましてゐます。
彼等屡々、目覚時計の、けざやかな鈴《りん》の音には
びつくりするのでありました、それはりんりん鳴ります 鳴ります、
硝子の覆ひのその中で、金属的なその響き。
部屋は凍てつく寒さです。寝床の周囲《まはり》に散らばつた
喪服は床《ゆか》まで垂れてます。
酷《きび》しい冬の北風は、戸口や窓に泣いてゐて、
陰気な息吹を此の部屋の中までどんどん吹き込みます。
彼等は感じてゐるのです、何かゞ不足してゐると……
それは母親なのではないか、此のいたいけな子達にとつて、
それは得意な眼眸《まなざし》ににこにこ微笑を湛へてる母親なのではないでせうか?
母親は、夕方独りで様子ぶり、忘れてゐたのでありませうか、
灰を落としてストーブをよく燃えるやうにすることも、
彼等の上に羊毛や毬毛《わたげ》を
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