からといって、鼻が両者を結びつけている。それだけでは少し下方が空き過ぎるところから、口をもって締めているのである。両眼の上と鼻の下にはまゆとひげが生じて唐草の役目を勤めている。まったく顔はよき構成である。
 次に胴体である。再び左右のシンメトリーを保つ美しい半球の乳房である。その上にある二つの桃色の点である。それから腹である。もしあの腹に臍という黒点がなかったらどうだろう。あの腹は大きな一つの袋とも見えて随分滑稽なものだろう。その下では線が集まって美しい締りをつけてある。次に両足だ。これがまた中央は垂直線、外側が斜線である。下へ降りる途中があまりに長いからというので膝においてよろしき位のアクサンがある。それから両足となって地上に落着くものである。五本ずつの指ともなる。このよろしき構成はあらゆる絵の構図のよい手本であり、相談相手ともなりはしないだろうかと思う。
 よき構図は左様に人間の五体の釣合の如く、樹木の枝の如く、音律のよき調和の如く、美しい縞柄の如く、画面の上にすこぶるよろしく保たれたところの明暗と物と物と、色と色と、形と形と線と線とのもっとも都合よきリズムの調和であらねばならない。
 したがって右方ばかりへ主要なものが集まり過ぎたり下へものが下がり過ぎたり、右と左に同じものがあって、それを連絡すべき何物もなかったり、上方が重過ぎたり、画面の真中へすべてのものが集まり過ぎたり一方ばかり明る過ぎたり竪にものが並び過ぎたり、また風景としては空が一つも見えなかったりすることはいけない。
 また半分からちぎれたような図柄なども不安である。例えば活動写真の場合でも、どうかすると写真がガタリと半分下へ落ちてしまってつぎ目が幕面へ現れることがある。そんな場合、チャップリンの顔が下に現れ上方から足と靴とが下がっているという構図である。われわれは早く直してもらいたいと思う。われわれは不安でたまらない。
 こんな構図を、初めて絵をかく人はしばしば作ることがある。まさか足を上へ描くことはないが、人物を妙に半端なところから半分画面へはみ出したようにかくことがよくあるものである。

 静物の構図も風景と大差はない。その原理は一つであるが、静物は自然とは違って、その構図はよほど人工的に工夫の出来るものである。すなわち静物は器物、花、果物、椅子、テーブルといったところの財産でいえば動産であるからいかようにも動かすことが出来るのだ。ところでこれはあまりに人間の自由になり過ぎるためにかえって災いを招き、いつも一定して変化あるよき構図が得られないことになったり嫌味なわざとらしい構図が出来上がるものであるから注意せねばならない。われわれはなるべく静物写生のためにわざわざ机を飾ってみたり、ちゃぶ台の上へギターをのせてみたりすることはどうかと思う。それよりも私は自然にとりちらかされた室内の情景に偶然よき構図やモティフを発見する方がよいと思う。構図のために構図を作ることはどうかすると嫌味を起こさしめる。
 写生による風景や静物以外、大きな壁画であるとか、あるいは何百号への大作などする場合、たんに自然の一角を切り取って嵌め込むだけでは絵はまとまらない。
 そこで何人かの群像や風景および草木、花鳥の類をばいかに組み合わせいかに配置するかが大作としては重大な仕事となってくる。しかしこれは初学者にはあまり用事のないことであるが、西洋などでは大作の用意のために、研究中にとくに構図のみの研究のために多くのタブローを画学生は作っている。日本では壁画の需要が殆どない上に建築との関係上、大作が流行しなかった傾きもあり、その上印象派の写生による小味専門というべき絵が永く日本を占領していた関係上、あるいは絵画の技術がまだ自然に向かっての写実を勉強するところの初学の道程に止まっていたために、構図の研究ははなはだ画家の間にも怠られがちであったと思う。画家が多くの材料によって一つの大作をまとめるためにはまず構図は第一の条件であり最後の効果をも与えるものである。[#地から1字上げ](「アトリエ」昭和二年一月)

   真似

 落語家が役者の声色を真似ますが、真似ることそのものがその芸当の目的でありますから、その声色なり様子なりが、真物らしく出来た時にはその芸術の目的は達せられたわけです。
 真似はいつまで経っても真似であって、真物ではありません。真物になっては面白くありません。
 上手な声色を聞いていると、まったくその舞台の光景を思い出してぼんやりとしてしまいます。そしてそれに似させてくれている落語家が大変有難い人のように思われて来ます。その労を謝したい気になります。ついにはその落語家が好きになってしまいます。
 私はよくこんなに真物らしくやれるものならいっそのこと役者になってしまえばどうかと、考えることがありますが、しかしこれは似させるという技術が面白いのであって、真物にうっかり転職してくれては大変です。蓄音機はやはり機械であることが有難いのです。蓄音機が呂昇になりきってしまってはもう何もかも台なしです。
 人間以外のものでも、真似るということに大変興味を持っているものがあります。狐が美人の真似をします、狸が腹鼓みを打ちます、ある種の鳥類は誰でも知っている通りいろいろの声色を使います。その他、猿あるいは人間でも猫八氏などは素晴らしいものです。
 狸などは昔は鼓の真似事をやったものですが、最近は科学文明の影響を受けて彼らの芸当も変化を来たしました。
 私の知人の家の庭に住む狸は昼の間に聞いておいたいろいろの音響をば夜中になってから復習するそうです。オートバイの爆音、自動車の音などはなかなか上手だといいます。
 オートバイの音は騒々しい嫌な音響でありますが、狸がこの音を真似ると、聞き手は何ともいえない雅味を感じるのです。狸の個性の現れだろうと思います。狸自身も真似る興趣というものを本能的に感じているのでしょう。
 人間も猫八はじめ芸術家達などもいろいろの真似をします。真似は昔から芸術には深く悪縁が絡んでいるもので、真似はいけないと排斥しながらもいろいろな形式においてつきまとって来るものです。これからさきも永久に真似はなくならないことでしょう。
 狐なども苦心の結果、素晴らしい美人と化けすました時に、ある種の人間が彼女のために接吻でもしたとすれば、狐は自分の芸術の迫真の技に思わずほほ笑んで満足したことでしょう。
 こんな天才的な狐が一匹現れると、およそ百の若い狐達はその化け方に感動します。そしてその様式について大いに研究したり、見習ったり、あるいは奥義の伝授を受けるために馳せ参じたりしますでしょう。
 すると今度は彼らの化け方にも種々な様式が発見され、創造されて行くことになります。こうなると化け芸術も進歩発達して行くことになります。ついにはヤヤコシクなって、ちょっと一度は整理する必要ぐらいは起こって来ます。何狐は何派に属するとか、何狐は何派の何々イズムであるとかいうことになって来ます。狐の世界においても、黒田重太郎氏の出現を待たなければならないことになります。
 ところが多くの狐達の中には真似ることの本当の興味を忘れてしまって、様式ばかりを眺めて気をもむ連中が多く輩出してくるかもしれません。あんな連中はもう本当の人間の研究がおろそかになってしまったものですから、一流の美人に化けすましたつもりでいましても、本当の人間はとうていだまされません。美人の裾からはチラチラと毛だらけの尻尾がブラ下がっているのです。
 狐も初めは偶然の思い付きで女に化けてみたものが、ついにはその化け方について苦労をしなければならぬことになって来るのです。化ける興味を本職にやりだしたものだから、こうなってくるのは止むを得ません。そのうちにはある様式を守る集団のいくつかが現れ、一方は王子に一方は伏見にという具合に集まります。そして化け展とか何とかいうのを開催して、この道の進歩発達を計るということになります。そしてお互いに奴らの芸術は何だといい合います。狐の世界もまた多事であります。
 これらも皆真似ることの興味がいろいろと変化して、ヤヤコシクなったものだろうと思います。真似ることの興味も善い意味に使われた場合には人を楽しませるものですが、これが悪用されると大変迷惑を与えます。
 お姫様を喰ってしまってそのお姫様に化けすましたりなどすると、霊鏡に照らされて本性を見破られたりします。或いは贋造紙幣を製造したりする男が出来たり、或いはドランの絵を写真版からコピーして展覧会へ持ち出したりします。その他自分を偉く見せるために、支那の及びもつかぬ聖人の真似をしてみたり、若いのに老人の真似をして通がってみたり、そしてひそかに自己の性慾の強きを嘆いてみたりする悲惨なものも出来て来るのです。
 昔の支那の画家の作にはよく何々の筆意に倣うなどと断ってあるのがありますが、あれは大変気もちのよいものであります。日本の油絵なども(油絵に限りませんが)これを一々断り書きをするようにしたら批評家も、一々霊鏡を持ち出す面倒が省けてよろしいのですけれども。
 しかしながら当今は狐の威力の方が強いので、霊鏡はいつも曇りがちで、なお田舎の散髪屋の鏡同様凸凹だらけのものが多いので、あまりあてには決してなりません。
[#地から1字上げ](「アトリエ」大正十三年十二月)

   ピカソ雑感

 ピカソの絵は常に新しいようでまた古い馴染でもある。つい近頃も私は洋行当時の古トランクを開けて、そのナフタリンと西洋の下宿屋にいた時の香気とをなつかしみながら嗅いでいたら、その中からピカソ画集が出て来た。それは大戦直後のベルリンで私が安くいろいろの書物を買った中に交っていたものである。退屈まぎれに眺めてみると、いつもの馴染の絵がいろいろ並んでいる。そしてその制作年代を見ると、一番新しいところで一九二〇年頃であり、古いのは一九一二年代のものさえある。そして現在にいたるまでピカソはまたどれ位の絵を描き、どれだけの変化をしたかを考えると、とてもカメレオン位のなまぬるさでは競争が出来ないかも知れない。
 しかしながらいかに変化してもカメレオンはやはりカメレオンで決して豚にもならず人間にもなり得ないと同じく、ピカソは一貫して常にピカソであるところが面白い。何かギターの半分と四角と三角とが交り合っても、点々が並んでも、斜線が重ねられても、あるいはまた古格によって女の肖像がすっきりと描かれても、あるいは古めかしい彫刻を直ちに絵画にまで変形させてみても、いかに転々してみても常にピカソはピカソとしか見えない。
 極端な浮気性というものを私はピカソにおいて発見する。一年に五人の情人を取りかえることは日本人にとっては相当くたびれる仕事であり、ただそれだけで満足であり、なかなか芸術にまで手がとどかない。何しろ、今の日本はまだまだ他人の精力を借用して生きているために、一人の女房に精魂を吸い取られてヘトヘトである。
 なお私の感心するところはその私のカバンの中の古い画集以後、今日にいたるまでの絵業には老年からくる衰弱とか勉強の連続から来る草臥《くたび》れとか、気力の衰えとか飽き飽きしたとかいう憐れさを見せないことである。大体西洋の大家は死ぬまでくたびれないのはいいことだと思う。
 もし日本人が一生の間のある期間において、ピカソの一〇分の一だけの元気と浮気と無茶苦茶の大胆さを示したとしたら、きっと昂奮して死ぬか、あるいは二、三年のうちに萎びてしまうであろう。
 あるいは年のせいという温気を感じ出して余生を柔順なる紳士と化けて続けるであろう。
 それからピカソの絵についても一つ感じることは、写実の力を素晴らしく備えていることである。あれだけの力をもってすることならばどんな浮気も許されるであろう。とにかくピカソの写実力と、その不老不死の力と、悪魔的浮気根性と不思議な圧力等においてまったくわれわれは多少羨んでもいいと思う。しかしどうもピカソは、まったく東洋には昔から決してなかったものばかりを持っていると
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