てしまった。

 絵画の形式や組織が単純化され、神経は鋭くなり、画面は狭まって来た以上はその一点一画は頗る重大な役目をなす事となってしまったのである。空の一抹《いちまつ》樹木の一点、背景の一筆の触覚は悉《ことごと》く個人の一触であり一抹であらねばならなくなってしまったのである。
 それは、書の精神にも、あるいはまた南宋《なんそう》画の精神とも共通する処のものである。南宋画が北画に対して起った原因と丁度近代絵画が湧出《ゆうしゅつ》した事とは、頗るそれも類似せる事を私は感じるのである。しかもその技法と精神においても、その単化と個人的である点において、心の動きある事においてその絵画の技法が持つ表情において、半《なかば》一致せる諸点を感じるのである。
 古き占い法に墨色判断というものがある。その法は、白紙へ引かれた墨の一文字によって、その運勢と病気と心の悩みを判断するのである。
 私はそれを非常に面白い占い法だと思っている。
 近代絵画の技法は全く、その墨色の集合体だともいい得る、決して弟子や他人の一筆を容《い》れる事を許しがたい。この事は近代絵画の技法における最も重大な特質であろうと考える。
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