るいはすべての芸事において技法のない芸事は殆《ほと》んどないといってよい。
 しかしながら、偉い画家の描いたものや、古来|神品《しんぴん》とも称されている作品のあるものには、全く技法も糞《くそ》も全く無視されたような作品があるものである。けれどもそれらはあらゆる技法が完全に作品の裏へ隠し込まれてしまった処のものであるので、隠し込まれたというよりも、むしろ、全く忘却されてしまったものであるという方が適当かも知れない。
 ところで忘却するという事は知った事を忘却するのであって初めから何も知らない事を忘却する事は不可能である。
 しかしながら知った事を完全に忘却する事は容易な事ではないと見えて、先ず知るだけで一生を棒に振ってしまったお人や学者も多い事である。
 また知った事が災難の種となってその智恵に縛られて萎《しな》びてしまう人も多いのだ。
 あらゆる事を承知した後、忘却してしまって後本当の仕業が心のまま思ったままに出来るのではないかと思う。どうも昔からのすぐれた作品を見ると、多くその傾向が見えるようである。
 ところで完全に忘却してしまう位いのものならば初めから智恵づかない方が軽便でいい
前へ 次へ
全162ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小出 楢重 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング