線あるいはマチスの極端に省略された一条の線の裏には、どれだけ捨て去られた多数の線が存在しているかを知らねばならない。
そこで、私は絵の基礎的工事ともなり、肥料ともなるべき充分の科学的な素描の仕事をする事を勧めるのである。即ち絵画芸術の奥儀にまで飛ぶ事をしばらく断念して、出来得るかぎりの正確さにおいて、石膏あるいは人体の実在をよく写実する事である。そして自然の構造とあらゆる条件を認識すべきものである。
ところで私は正直にいうと、この素描即ちデッサンの勉強というものは、個人が勝手に、家にあって習得する事の頗る困難なものなのである。何故なら、石膏像を忠実に写そうとしても最初の人にとっては、その正確な形、その明暗の調子や光の階段を本当に認める事が容易な事ではないのである。それから石膏像の種類を個人としてはさように数多く設備する訳にも行かないので一つの胸像を毎日描いていると飽きてしまって興味が続くものではない。それでなくともデッサンは、かなり無興味な仕事と考えられやすいのである。
それから、石膏よりもなお一歩進んで人体の素描に及ぶと、なおさら毎日々々モデルを個人で雇う事も随分の贅沢《ぜいた
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