然を空想しながらよろしく当てはめて行く。その点はまことに画家の仕事は楽で便利である。ほんの略画、素描、一部のアウトラインだけを示すと、日本人は勝手な色彩なり想像を篏め込んでくれる仕掛けとなっている。一本の指で万事を悟らせる一休禅師のコツもこれであろう。二、三本の柳の数条の線へ幽霊と文字で記してさえも、勝手に怖ろしがってくれる、悟りの早い気の利いた人種であり好ましい東洋精神である。
 もしこれを無風流で禅の心得なき西洋人に見せたら、どうも本当に合点が行かないので一向何の顔もしないかも知れない。地図ですかと訊かれては、ノンノン、幽霊ですよ、それドロドロなどいって見てもなんとも感じないので阿呆らしくなって仕舞うだろう。ドロドロといえば直ちに怖ろしがらねばならぬという礼儀を知らないのだから困るのだ。
 でもこの東洋の世界をば科学文明は仙人と道釈人物、幽霊、鶴亀、竜の類を追い出し、あるいは動物園へ収容してしまった。そして一本の指くらいでは何も悟ってはくれない。はなはだ現実的で科学的で理論的で、批判的構成的、立体的にして陰あるところ必ず太陽のある世界へとうとう暴露してしまった。
 そしてこの世は、少女歌劇の神様が征服しつつあるともいえる。近頃のシュールレアリズムの類にしてもが、あのキリコなどの作画を見ても、室内に馬がいたり、大戦争が始まっていたりする。実に超現実とは見えるけれどもしかし実に正方形の室内が確実に存在し、まさに大戦争が立体的な箱の中にさもほんものらしく始まっている。シュールであるがあくまで現実的である点に不思議な誘惑を私は感じる。
 日本人描くところのシュールは超の方は容易に出来るのだが、何しろ永い星霜を仙人と鶴と亀とを友としていた関係上、なかなかレアリズムとか写実とか、光線の階調の研究とかいう不粋な方面はどうもまだ板につかない関係もあるが、なかなかレアリズムの方がうまく行かないとみえて何かせんべいの如く平坦にしてややもすると大津絵とばけてしまうこともある。
[#地から1字上げ](「みづゑ」昭和五年九月)

   暑中閑談

 この世に住んでいる以上は、ごく少々でも自分の世界に極楽を見出す必要はある。でないとあまりにも憐れだから。しかしこの世といってもパリの都もこの世だし、アメリカもロシアもこの世だが、われわれのこの世は日本現代である。この日本現代のこの世こそは極楽の中でもはなはだ不安定な極楽だと思えてならない。なぜだかわれわれ絵描き渡世するものにはよくわからないが、どうも安定な感じだけはしないことは確かだ。私等の仕事の絵画の構図と構成は第一の条件として安定を求めている。そして統一である。昔から天地人といって、少々先端的な例ではないが、天地人の構図はあらゆる方面にも用いられている構図の基礎である。
 色彩においても調子においても、画面の全面にわたってその軽重濃淡配置よろしき時絵画は仕上がり、人はその画面に向かって安心して見ほれることが出来る。機関車、飛行機、軍艦の安定は絵画の調子の安定より以上に必要だろうと思う。調子、色彩、リズムの不整頓な絵画を見せて死傷者を出した展覧会というものはない。
 しかしながら明治以来われわれは単位のまったく違った文化の将来によっていわゆる過渡期という年代があまりにも永く続いているので、極楽は不安定なものだとさえ習慣によって思ってしまうようにさえなりつつあるような気さえする。だが一枚の絵でさえも調子を合せるに一〇日もかかることがあるし、構図の安定に幾日間を費やしてなおまとまらないのだから、この極楽世界の混乱をパンやゴムで消して見ても、何時仕上がるか見当がつかないかも知れない。
 とにかく家庭、建築、人情、風俗、生活の形式、儀礼等がある年代を経て工夫統一され、よろしき調和を現して滑らかに進行している時代ではその生活、風俗、浮世の雑景はそのままにどの一角を切り取っても画面に絵としてのよろしき構図を形造るものであり、それがためについその風俗、生活の有様が画家の絵を作る本能を都合よく刺戟する。
 由来、画家というものははなはだ本能的な存在であって、描くに足るだけの対象物に出会うとどうあっても描いてみたいので、そこに理由や理屈を見出しているのんきな寸暇が見出せないのである。それは恋愛としかしてそれに続く性慾の性急にも似ているといっていい。そこに何か不都合な障害があってそれを描くことが差し止められると神経衰弱的傾向を現し自狂的となりやすい。
 だから安定にして統一ある生活の美しさがあれば、画家は直ちにその生活を描くにきまっていると思う。近頃の戦争文学にしてもがそうである。世界大戦の休止して約十年の後人間はやっと戦争を芸術として味わうだけの安定を得たのである。日本では関東大地震の名画はまだ現れない。
 生活の天地
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