人が定まらない限りややもすると、画家は天国へ志を預けてしまうことさえある。ある時代には画家はことごとく達磨と鶴と、仙人と竹石にのみ安定を発見した時もある。と同時にある時代では極端に生活を芸術の対象とした時代もある。かの浮世絵全盛期ではほとんど仙人も達磨も天からのそのそ降りて来て、ひどい達磨などは美人の裾に感じて立ち上がって踊り出したりしている。まずこれなどは生活の安定を少し通り過ぎた時代だったに違いない。
さてこの現代の不安不統一をきわめた風俗人情を持てるわが極楽世界では、画家はどれだけ現代生活を芸術へ織り込んでいるかと思ってみるに、どうもむしろ反対にある時代に画家達が現世を逃避して鶴や、仙人、道釈人物、竹石、支那楼閣山水のみ描いて心を慰めたと同じように現代画家は生活から遠ざかって静物、裸体、地球のしわとしての山水、風景を描いているようだ。大体静物はいつの時代でも桃は桃であり、花は花である。風俗習慣を除去した裸像は常に永久にただの人間の肉体そのものであり、風景は地球の凸凹であるわけだから、そこに人工的な不統一や混乱がないので、ちょうど鶴や雲や竹石を描くのと同じ都合である。
さて私はまた日本画の展覧会を眺めることがあるが、その描かれている世界は何かといえば、春信や春草がその頃を描いた如く、この現在の風景を描いているものはあまりない。主としてそれは過去の日本支那の風俗人物美人であり、天平であり、絵巻物は雨月物語、栄華物語、西遊記であり、肖像は平清盛であり、頼朝である。美人は多く徳川期から招待されたるマネキン嬢である。風景は信貴山縁起、信実の風景であり、大雅堂であり、点景は仙人である。たまたまピアノ弾く現代娘もあるにはあるが、その絵の様式はさても美しく仕上げられたる人形仕立てであり、清元によってカルメンとカチューシャと女給の恋を現さんとて企てたるナンセンスをさえ感じることが出来るのである。
清元とか浄瑠璃の様式というものはまったく、現代女給や女学生の心理を表すには少々不適当なテンポと表情をそなえている如く、日本絵の様式が現代のあらゆるものたとえばビルディングの前に立てるサラリーマンの肖像を描くには折合いが悪く、強いて試みると不調和から来る笑いを観者に与え勝ちである。なおさらそれを芸術の域にまで将来することは尋常の力わざではない。バスガールと車掌の六曲屏風というものがあったら、さて別荘のどの部屋へ立てたらいいか。これならまだ油絵の様式でさえ描けばまた何とか応用の途はある。要するに結局、時代は如何に変遷しても日本画の展覧会は雲と波と鶴と何々八景と上代美人と仏像である。それでもしも日本画の展覧会を西欧都市で開催でもすると、日本に汽車はあるかと訊くところのタタミ、ハラキリ的西洋人はうっかりと東洋天国を夢想して今に吉祥天女在世の生活にあこがれ、日本人はことごとく南宋的山水の中で童子をしたがえて琴を弾じ、治兵衛は今も天満で紙屋をしているように思ってくれたりするかも知れない。そしてはるばるやって来ると富士山の下で天人がカフェーを開いているし、新開の東京にはフォーブとシュールレアリズムとプロレタリア芸術が喧嘩をしていたりするわけだから、少々ばかり驚くことだろう。
すなわち彼らは腹立ちのあまり日本はなぜあの古き天国へ還元しないか、油絵なぞ描くのがそもそも誤りだと、さも親切らしき訓戒を与えて去って行くこともある。この訓戒こそは都会人が田舎へ行くと、誰でも一応は申してみたくなる口上である。私が西洋からの帰途上海へ上陸した折、ちょうど支那人の洋画展覧会があったのでのぞいてみた。するとほとんど拙いものはかえって支那的な感じを持っていたが少々出来のいいのは大概日本の帝展風だった。何故帝展と同じものを描くのか、支那にはもっと支那らしい……と例の口上がいってみたくなったが、さて私はこの口上だけは軽々しくいうべきものではないと思った。支那の若い作家はまた彼らの天国を勝手自由に求めているのだから、いらない世話はしない方がいい。
さて、若き力ある西洋画家が最新の技法を将来して日本の土を踏むや、彼らは大概一年間はどうしようかを考える。その折角の最新芸術様式によって日本の何者を生かそうかと考える時、生きそうな何者も容易に発見出来ないことがある。古い伝統の上にようやくと重なり重なって統一せるパリの都会とその生活の落着きと、美しさの上に立って動く芸術の様式であり、その様式によって直ちに写し出すことの出来る人間生活、日常風景、都会雑景である。例えばモンマルトル辺りの古びた家並と鎧窓の続くパリの横町と、フランス的な横文字の看板の美しい配列に陶酔せるユトリロふうであるとしても、日本現代の都市へ帰朝すれば、八階のビルディングの下に下駄の如き長家が並び、アッパッパ、学名ホームド
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