であり常設館であるとすれば、勢い素晴らしき存在と人気が若き画家の常識ともなり勝ちだ。
 従って絵画は、その画面を近頃著るしく拡大しつつあり、何か不思議な世界を描いて近所の絵画をへこまそうと企て、あるいは日本以上に展覧会と画家で充満せるパリでは、藤田氏の奇妙な頭が考案されたりするのも無理では決してないだろう。
 日本の近代の絵にしてもがどうやら手数を省いて急激に人の眼と神経をなぐりつけようとする傾向の画風と手法が発達しつつあり、尚いよいよ発達するはずだと思う。
 かくして秋の大展覧会は野球場であり常設館となって、素晴らしい人気を博し得れば幸いである。私も亦なるべく大勢の婦人達を誘って近代的漫歩のために何回も訪問する事に努力したい。
 然し乍ら若くて野心ある画家は、空中美人大観兵式でも、らくらくと描き上げるだけの夢と勇気を持つが、もう多少の老年となれば左様な事も億劫にして莫迦らしく、若い男女の為めの背景となるところの興味も失って了う。つい洗練された自分の芸術境の三昧に入り度がり、籠居して宝玉の製造に没頭する。
 情けない事には、巴里の如くその玉を引取るべき画商がなく、展覧会は完全に登竜門の大競技場となり漫歩の背景となりつつあるが為めにこの常設館のイルミネーションの中で完成されたる滋味ある宝玉も同居するのだから、甚だそれはねぼけた存在と見え勝ちである。玉から云えば他の作品はポスターでありポスターから云えば玉はねぼけた存在であると云う。又そう云う処に若い心が発散するのである。然し若き尖端は永久に尖端ではあり得ない。やがて今の尖端人は又玉を製造する日が来る。そして次の尖端の邪魔をする訳である。
 私は芸術家が宝玉と化けた時、これを何か適当な陳列棚へ集めて、尖端の大競争場裡から救い上げて見度いと思う。でないと、全く球場に埋まる老いたる玉が気の毒であり、芸術の完成を萎びさせていけないと思う。尖端と元気のみが芸術だとは云えないから。

   かげひなた漫談

 東洋画には陰影がない。強いて凹みを作らねばならぬ時には淡墨をもって隈というものをつける。これは単に凹んだ場所をやや暗くするだけのものであって、その隈どりの方向によってこの世の太陽が今どちらに存在するかといったことは一切わからない。この現実の太陽光線とは一向無関係であるところのたんなる凹みであるに過ぎない。
 ところが西洋画における陰影は必ず太陽のある位置がわかるところのこの世の影である。もちろん西洋でもうんと古代の初期絵画になると一種の隈で現実世界の光線とは無関係になっていることがあるが、相当絵画が進歩してからのものは非常にいよいよ太陽光線によって現れたところのこの世界のあらゆる光線の強弱階段を描いている。印象派などは極端に太陽光線ばかりを描いたようだが、ともかく影とひなたは油絵の母体であり相貌といっていい。だから日本画の技術のみを習得した画家には絶対に油絵は早速試みることは出来ないが、洋画家はちょっと道楽に日本画の墨画を試みてもまずいながらも成功する例が沢山ある。それは自分達人種の伝統にからみついているところのお里へちょっと帰りさえすれば出来る仕事であるのだ。西洋人は素人でも子供でもが何か絵を描こうとする時必ず影とひなたから描いて行く、そして絵の心得なきものでも容易に遠近と立体とを表現することが出来る。
 西洋の神様や幽霊の絵は足だけは宙に浮かび上がっているが、やはり太陽の光を浴びているところの確実なる地上の存在となって立っている。幽霊でさえもまず半透明体位のところで、やはり光線を浴びてまごついている。中世紀の宗教画やバーンジョーンズの神様の絵など見ると神様達はちょうど靴か下駄の如く何か変な形のものを足へ履いて、そこから焔が立ち昇っていて、この世の太陽光線によって光と反射と影を伴うて立っている。だから私はややもすると神様とは信じられないで宝塚の少女歌劇を見ている心が起きてくる場合がある。フットライトに照し出された、芝居の神様を思い浮かべることがある。かの壷坂霊験記を見ると、観音様がなんといっても人間のことだから、完全に日本画の如く線と、平面と、半透明体とになり切れないものだから、やむなくきらきらする衣裳を電燈に輝かせつつ光と影を持ったまま岩と雲の間に立ち現れ、われこそは観音也とのたまう。もし役者が完全に透明となる薬でもあれば、彼らは直ちに服用して線となり透明体と化してしまうであろう。
 で私などはどうも陰影ある竜とか観音、神様などをば習慣的に好まなくなっている。ただあらましの線だけ与えてくれれば当方で勝手な観音や神様を呼んで、勝手にありがたがってみたりすることに慣れている。
 日本のエロチックな浮世絵の裸体とか足にしてもがもちろん影がないので、その線条の赴くところにしたがって観音は自
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