である。
日本人の中でも私などは最も体力の貧しい人である。私が徴兵検査の時、体重が十貫目しかなかった。検査官の一番偉い人が十貫目と云う字と私の顔とを見比べて、どうかお大切になさいと云って、いの一番で解放してくれたものである。
以来、私は、もう死ぬかと思いつつ、印度洋を越えてフランス迄も出かけて今尚お生きてはいるが、生きている事に大した自信をもっていない私が、難産をつづけ乍ら因果の種を抱こうと云うのであるからこれも亦因果な事である。
世には病身にして且つ人一倍淫乱だという者がよくあるものだ。私はその淫乱かも知れない。しかも此の行いだけは止めるにも止められない。而して難産であり、病弱である。
その上、文明がまだ中途半端で混とんとしているので、西洋画家の生活が殆んど成立っていないから、全く生活とは無関係であり、勝手な仕事となって居り、しかも多情多淫であっては、やがては疲れはてて、奇怪なる低能児を抱えたまま行き倒れて了うのではあるまいかと云う事を、私の虫が私に知らせてくれるのである。
現に行き倒れつつある多くの先輩を見るに及んで情けなく思う。最近、ある新聞の三面で、ある名妓のなれのはてが行き倒れていたと云う記事を読んだが、その時も私はよそ事とは思えず心が重くなった事である。
これは私の絵に対する態度だか、何んだか一向わからない事を云って了ったが何卒御容赦を願う。
近代洋画家の生活断片
日本人は昔から芸術家を尊敬するところの高尚なる気風を持つ国民である。その代りややもすると芸術家は仙人か神様あがりの何者かである如く思われたりもする。めしなどは食わないものの如く、生殖器など持たない清潔な偶像とあがめられる。結構だが近頃はおいおいとそれが迷惑ともなりつつあるようでもある。ことに近代では神様や仙人そのものの価値と人気が低下しつつあるようだからなおさらでもある。
だいたい芸術家のその作品はいわば自分が楽しんだところの糟みたいなようなものだから、それを売ろうというのは虫が良過ぎるという説をなすものさえたまにはある。まったくのところ芸術家は大金持ちであるか、臓腑なきものであるかであるとすれば、その説もいいけれども舌があり胃腑を持ち、その上に妻子を携え、仕事に愛着を持てば糟だといって捨ててしまうには忍びないだろう。生まれた子供は皆これ楽しんだ糟だからことごとく殺してしまってもいいとはいえない。
私は経済学者でもなく実業家でもないので、現代日本はどんなに貧乏か、不景気か知らないけれども、あまり景気がいいという評判だけは聞かされていない。その時代に芸術家志望者、油絵制作希望者は素晴らしい勢いで増加しつつあるのは不思議な現象だ。毎年の二科帝展等の出品搬入数を見ても驚くべき数を示している。これだけの胃と生殖器を持てる神様の出現は、一種の不安なしでは眺めていられない気がする。
すなわち日本画の世界の如くあるいはフランスの如く、画商人というものがあり、鑑賞家への仲介すべき高砂屋があり、高砂屋によって市価が生み出され、完全に商業化された組織があって、しかもなお神様は貧乏を常識としているのだが、それらの組織がなく、完全なる高砂屋なく、愛好家と神様との直接行動であっては、まったくもって神様も努力を要することである。
ある愛好家は、絵は欲しいと思っても展覧会で名を出して買うことを怖れるという話を聞いたことがあった。それは誰それは油絵の理解者であり、金があると伝わると、八百よろずの神々がその一家へ参集してくるというのだ。
さて、これが高砂屋の参集ならば片っぱしから謝絶しても失礼ではないが、何しろ皆神経を鋭がらせた、芸術的神様の集まりである。失礼にわたってはならない。なかなか以てやりにくいという。しかしながらケチな愛好家でもある。
しかし、目下東京に二、三の高砂屋が現れて相当の功績を挙げている様子だと聞くが、まだ画界全般にわたっては、なんらの勢力を持たない小さな存在に過ぎない。この、組織不備の間にあって、つい起こりやすいのはいかさま的高砂屋である。資本なくて善人の神様を油揚げか何かで欺しておき、絵はほしいがどこで何を買ったらよいのか、不案内という愛好家や、少しも油絵などほしいとも思わない金持ちの応接室へ無理矢理に捻じ込むものがあったり、作品を持ち逃げしたりする高砂屋もあるらしい。
とかく色男には金と力が不足していると古人は嘆じた如く、本当の現代油絵の理解者達にも金不足の階級者がことの外多い。展覧会を一年のうちに何回か眺めておけば、日本現代の油絵からフランス現代にいたるまでことごとく安値に観賞し尽すことが出来る。何も好んでその一枚を家へ持ち帰る必要あらんやといえるだろう。しかしながら時たまそのうちの一枚を買って帰りたいと思って会場を
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