漫歩したとしたら、あの無数にぎっしりと並んだ絵のさてどれがいいのか、悪いのか、われわれの如く毎日絵の世界に暮しているものでもちょっと見当がつきかねるだろうと思う。腹の虫が収まっている時は皆よく見えたり腹が斜めである時は何もかもことごとく汚なく見えたりする。まァ名を知っている画家の描いたものは何となくよく見え、よく了解も出来たりする。知らない人の作品はなかなか記憶へ入って来るものではない。
時には雑誌や新聞の展覧会評の切抜きを道案内書として、展覧会を眺めて廻る忠実なる鑑賞家も大阪の二科展会場等で時々見受ける。
まず左様な愛好家が一枚の絵を買うのに迷うのも道理だ。大金持ならばまず番頭か何かに今年の二科の絵は全部買い上げようと命じさえすればいいわけだが、一枚を選択するには骨が折れるだろう。
ところで絵画の価格表を通覧するにまず目下、日常のテーブル、鏡台、蓄音機、コダスコープ、洋服、帽子、靴等に比して、油絵というものは高値だ。一枚の油絵で何がどれだけ買えるかを思うと、まったく現代の絵画はついあとまわしとする傾向が起こってくるかも知れない。
ある人が展覧会を見に来て、高い価格の絵は上手で安いのは下手なのかと私に訊ねたことがあった。もちろん大阪の会場でのことだ。高いものはよいと、昔から大阪ではいい伝えられているのだから無理もない。何か油絵画家の内閣とか、帝展の大将とかが相談の上、彼の相場は何円彼は何円と決定するのかも知れないとこの人は思っていたらしい。
もちろん日本画の世界とか、フランスにあっては画商人の多くがその仲間で市価を製造するが、日本の洋画の世界には左様な組織[#「組識」は底本では「組識」]はまだ現れていないので、画家は勝手気ままの思わくだけの価格を自作につけるので画家がヒステリーを起こしている時などは時々非常に高価か、馬鹿に低廉であるかも知れないし、どうせ売れもしない大作だとあきらめるとやけ糞で何万円とつけてみたりするのだ。まったくもって価格がよい絵を示しているわけでもないと私がいったらその人は大いに失望した。
しかしいかにあてにならぬ価格でも、もう洋画が流行してから明治、大正を過ぎた今日である。何となく画家のうちにもおおよその見当を自分で発見して来た如くである。やはり西洋の画商のしきたりをまねたものと思うが、絵画の号数に応じてその各自の地位、自惚れを考慮に入れて、価格を定めつつある。すなわち一号を何円と定める、一号を仮に一〇円とすると一〇号の大きさの油絵は一〇〇円であり、一号を二〇円と定めると一〇号が二〇〇円になるわけだ。
さて各自が勝手な市価だが現在では大体において一号五〇円以下では決して売らないという大家もあり、なおそれ以上彼らを眼下に見下ろして俺は国際的の御一人だから一号三〇〇円以下では売らないといったりすることもあるようだが、内実はいかに相なっているかそれは素人にはわからない。しかしまず常識的な画家の相当の作品は一号一〇円から五〇円の間を低迷しているように私には思える。
さて、現代画家でもっとも高く、もっとも多くの自作をもっとも手広く売り拡めんがためには、金持ちの応接間はことごとく上がり込むだけの勇気と、手打ちうどんの如き太き神経を必要とするだろう。自分で絵を作り価格を考え、外交員ともなり、自個の芸術的存在を明らかにし、その作品のよろしきものだという証拠の製造もやるといえば、まったく精力と健康も必要だろう。それで本当にいい作品が出来れば幸いだが、天は二物を与えずともいわれている。
それらの健康と太き神経なく、金持ちの応接室と聞いただけでも便通を催すという潔癖なる神様で、パトロンも金もなかったら、この現代ではいかに善き作品を作っても、作れば作るほど、食物が得られない。さてパトロンなるものも左様に多く転がって存在するわけでもなく、万一あったとしても、それはかの愛妾達がする体験を画家もやってみねばならないことであり、神経が尖っていれば辛抱は出来ないだろう。
近頃、研究所へ通う多くの画学生達や展覧会への相当の出品者達で本当に何もかもを打ち捨て、絵に噛りついているという人達の存在がいよいよこの世では許されなくなって来たものであるか、必ず何か他に余業を持っている人達が多くなって来つつある如く思える。新進作家にして同時に小学校の訓導であり、百貨店の宣伝部員であったり、図案家であったり、会社員であったり、ヱレヴェーターボーイであったりする。今にバスガールや女給で相当の出品者を発見することになればそれも面白いと思う。
日曜画家という名が現れている。すなわち日曜だけ画家となり得る生活を持つところの半分の神様すなわち半神半人の一群である。これらはまったく芸術とは関係なき仕事においてわが臓腑と、妻子を養いつつ日曜は
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