レンチーノが流行だといえば皆ヴァレンチーノとしてしまうかもしれない。だから人間を作ることを人間に任せておいては同じ型ばかり作りたがる故に危険である。結局一平凡なる無数の顔が製造されて、人間は退屈してしまわなければならない不幸が現れる。
 私はしたがって変化ある面白い構図は、自然をよく観察し自然にしたがってよき選択をするところから生じて来るものであると考える。
 今一枚の風景画を作ろうとする。一○号というカン※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]スを持ち出す。自然の全体を一○号へ全部残りなく描き込んでしまうことは人間わざでは出来ない。われわれは自然のごく一部分を、この一○号という天地へ切り取って嵌め込まなければならないのである。
 ここで自然の中から、自分が見て愉快であるところの図柄を探し出す必要が起こって来る。すなわち構図で苦労することになるのである。
 例えば富士山と雲と、樹木と人家と岩とが画面の中央において縦の一直線となって重なり合ったとしたら、いかにも図柄が変だと、誰の心にも感じられるのである。こんな場合画家は歩けるだけ歩きまわって、富士山と樹木と雲と人家と岩とが何とか相互によろしき配置を保つように見える場所を探さねばならないのである。
 またあるいは、画面の中央において横の一直線へ山と人家といったものが並列しても可笑しなものである。
 また同じ距離の辺りに、同じ高さの木と家と人と山とが横様に並び空と地面がだだ広く空いているということも不安定である。
 こんな場合、風景の中を選択のために走り廻ることが面倒臭いからといって、いい加減のところへいい加減の木を付け足してみたり、でたらめの人物を描き添えてみたりする人もあるが、これはよほど熟達した人でない限りは大変危険である。人間の顔の道具を勝手に置きかえて化物とするようなものである。私はどこまでも自然の構成そのものからよき構図を発見してカン※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]スへ入れるということが、一番安全であると思う。
 それではよき構図とはどんなものかというのに、それは一概にもいえないが、大体それは人間の五体が美しい釣合を保っている如くうまい釣合が一つの画面に保たれることがよろしいのである。
 まず人間の五体を見るのに、その顔においては、左右に均しい眼がある。ただ眼が二つ左右にあるだけは喧嘩別れのようでいけないからといって、鼻が両者を結びつけている。それだけでは少し下方が空き過ぎるところから、口をもって締めているのである。両眼の上と鼻の下にはまゆとひげが生じて唐草の役目を勤めている。まったく顔はよき構成である。
 次に胴体である。再び左右のシンメトリーを保つ美しい半球の乳房である。その上にある二つの桃色の点である。それから腹である。もしあの腹に臍という黒点がなかったらどうだろう。あの腹は大きな一つの袋とも見えて随分滑稽なものだろう。その下では線が集まって美しい締りをつけてある。次に両足だ。これがまた中央は垂直線、外側が斜線である。下へ降りる途中があまりに長いからというので膝においてよろしき位のアクサンがある。それから両足となって地上に落着くものである。五本ずつの指ともなる。このよろしき構成はあらゆる絵の構図のよい手本であり、相談相手ともなりはしないだろうかと思う。
 よき構図は左様に人間の五体の釣合の如く、樹木の枝の如く、音律のよき調和の如く、美しい縞柄の如く、画面の上にすこぶるよろしく保たれたところの明暗と物と物と、色と色と、形と形と線と線とのもっとも都合よきリズムの調和であらねばならない。
 したがって右方ばかりへ主要なものが集まり過ぎたり下へものが下がり過ぎたり、右と左に同じものがあって、それを連絡すべき何物もなかったり、上方が重過ぎたり、画面の真中へすべてのものが集まり過ぎたり一方ばかり明る過ぎたり竪にものが並び過ぎたり、また風景としては空が一つも見えなかったりすることはいけない。
 また半分からちぎれたような図柄なども不安である。例えば活動写真の場合でも、どうかすると写真がガタリと半分下へ落ちてしまってつぎ目が幕面へ現れることがある。そんな場合、チャップリンの顔が下に現れ上方から足と靴とが下がっているという構図である。われわれは早く直してもらいたいと思う。われわれは不安でたまらない。
 こんな構図を、初めて絵をかく人はしばしば作ることがある。まさか足を上へ描くことはないが、人物を妙に半端なところから半分画面へはみ出したようにかくことがよくあるものである。

 静物の構図も風景と大差はない。その原理は一つであるが、静物は自然とは違って、その構図はよほど人工的に工夫の出来るものである。すなわち静物は器物、花、果物、椅子、テーブルといったところの財産でいえば動産である
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