からいかようにも動かすことが出来るのだ。ところでこれはあまりに人間の自由になり過ぎるためにかえって災いを招き、いつも一定して変化あるよき構図が得られないことになったり嫌味なわざとらしい構図が出来上がるものであるから注意せねばならない。われわれはなるべく静物写生のためにわざわざ机を飾ってみたり、ちゃぶ台の上へギターをのせてみたりすることはどうかと思う。それよりも私は自然にとりちらかされた室内の情景に偶然よき構図やモティフを発見する方がよいと思う。構図のために構図を作ることはどうかすると嫌味を起こさしめる。
写生による風景や静物以外、大きな壁画であるとか、あるいは何百号への大作などする場合、たんに自然の一角を切り取って嵌め込むだけでは絵はまとまらない。
そこで何人かの群像や風景および草木、花鳥の類をばいかに組み合わせいかに配置するかが大作としては重大な仕事となってくる。しかしこれは初学者にはあまり用事のないことであるが、西洋などでは大作の用意のために、研究中にとくに構図のみの研究のために多くのタブローを画学生は作っている。日本では壁画の需要が殆どない上に建築との関係上、大作が流行しなかった傾きもあり、その上印象派の写生による小味専門というべき絵が永く日本を占領していた関係上、あるいは絵画の技術がまだ自然に向かっての写実を勉強するところの初学の道程に止まっていたために、構図の研究ははなはだ画家の間にも怠られがちであったと思う。画家が多くの材料によって一つの大作をまとめるためにはまず構図は第一の条件であり最後の効果をも与えるものである。[#地から1字上げ](「アトリエ」昭和二年一月)
真似
落語家が役者の声色を真似ますが、真似ることそのものがその芸当の目的でありますから、その声色なり様子なりが、真物らしく出来た時にはその芸術の目的は達せられたわけです。
真似はいつまで経っても真似であって、真物ではありません。真物になっては面白くありません。
上手な声色を聞いていると、まったくその舞台の光景を思い出してぼんやりとしてしまいます。そしてそれに似させてくれている落語家が大変有難い人のように思われて来ます。その労を謝したい気になります。ついにはその落語家が好きになってしまいます。
私はよくこんなに真物らしくやれるものならいっそのこと役者になってしまえばどうかと、考えることがありますが、しかしこれは似させるという技術が面白いのであって、真物にうっかり転職してくれては大変です。蓄音機はやはり機械であることが有難いのです。蓄音機が呂昇になりきってしまってはもう何もかも台なしです。
人間以外のものでも、真似るということに大変興味を持っているものがあります。狐が美人の真似をします、狸が腹鼓みを打ちます、ある種の鳥類は誰でも知っている通りいろいろの声色を使います。その他、猿あるいは人間でも猫八氏などは素晴らしいものです。
狸などは昔は鼓の真似事をやったものですが、最近は科学文明の影響を受けて彼らの芸当も変化を来たしました。
私の知人の家の庭に住む狸は昼の間に聞いておいたいろいろの音響をば夜中になってから復習するそうです。オートバイの爆音、自動車の音などはなかなか上手だといいます。
オートバイの音は騒々しい嫌な音響でありますが、狸がこの音を真似ると、聞き手は何ともいえない雅味を感じるのです。狸の個性の現れだろうと思います。狸自身も真似る興趣というものを本能的に感じているのでしょう。
人間も猫八はじめ芸術家達などもいろいろの真似をします。真似は昔から芸術には深く悪縁が絡んでいるもので、真似はいけないと排斥しながらもいろいろな形式においてつきまとって来るものです。これからさきも永久に真似はなくならないことでしょう。
狐なども苦心の結果、素晴らしい美人と化けすました時に、ある種の人間が彼女のために接吻でもしたとすれば、狐は自分の芸術の迫真の技に思わずほほ笑んで満足したことでしょう。
こんな天才的な狐が一匹現れると、およそ百の若い狐達はその化け方に感動します。そしてその様式について大いに研究したり、見習ったり、あるいは奥義の伝授を受けるために馳せ参じたりしますでしょう。
すると今度は彼らの化け方にも種々な様式が発見され、創造されて行くことになります。こうなると化け芸術も進歩発達して行くことになります。ついにはヤヤコシクなって、ちょっと一度は整理する必要ぐらいは起こって来ます。何狐は何派に属するとか、何狐は何派の何々イズムであるとかいうことになって来ます。狐の世界においても、黒田重太郎氏の出現を待たなければならないことになります。
ところが多くの狐達の中には真似ることの本当の興味を忘れてしまって、様式ばかりを眺めて気をもむ連中
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