と思っていたが。
D
私は絵を描く事以外の余興としてはスポーツに関する一切の事、酒と煙草《たばこ》と、麻雀《マージャン》と将棋と、カルタと食物と、あらゆる事に心からの興味が持てない。ところでただ一つ、何故か気にかかるものは活動写真である。それで、映画は散歩のついでに時々眺める事にしている。近来、日本製のものがかなり発達したという話だが、私は以前二、三の日本映画を見て心に恥入ってしまってから、まだ当分のうち決して見ない事にしている。
しかし、その西洋のものといえども、私の健忘症は見たものを次から次へと忘れて行くが、私はアドルフマンジュという役者を忘れ得ない。私は彼のフィルムは昔からなるべく見落とさぬように心がけている。
私は彼が「パリの女性」に出て成功した以前、随分古くから至極つまらぬ役において、現われているのをしばしば見た。随分|嫌味《いやみ》な奴だと思っていたが、また現れればいいと思うようになり、その嫌味な奴が出て来ないと淋しいという事になって来た、幸いにも彼は出世してくれたので、私は遠慮なく彼の嫌味に接する事が出来る事は私の幸いである。
も一つ、私は欧洲大戦以前、チャップリン出現以前における、パリパテー会社の喜劇俳優、マックスランデーを非常に好んでいた。私はかなり、むさぼる如く彼のフィルムを眺めたものだった。彼の好みは上品で、フランス人で、色男で、そして女に関する上品な仕事がうまかった。その点マンジュに共通した点がある。
ところが欧洲の大戦によって彼の姿を見失って、チャップリンの飛廻るものこれに代った。
その後、ふと私はパリでマックスが復活せる力作を見るを得て、私は心の底から笑いを楽しむ事が出来た。最後に、私は日本で、彼の「三笑士」を見たが、間もなく彼は死んでしまった。多分それは自殺だと記憶する。
とかく生かしておきたい者は死んで行く。
構図の話
構図は絵を作る上においてもっとも重大な仕事である。自然を写すことは絵の第一の仕事ではあるけれども、自然そのものはすこぶる偶然なものであり、すこぶる無頓着に配列されているものである。
そこでその偶然と無頓着な自然全部を、無選択に一枚の限られた画面へ盛ることは出来ない。そこでその現そうとする画面へ、その自然のどれだけを都合よく切り取り、どんな具合に配置すれば形もよく、見てすこぶる愉快であろうかを考えなくてはならない。そこでまずわれわれは自然に向かうと同時に構図を考えなくてはならないのである。
ところでその無頓着である自然は、また自然と偶然と無頓着とによって、すでに複雑にして美しい無数の構図をこの地球の上に構成しているといっていいと思う。われわれ画家はその自然が構成する構図のすこぶるよろしき一部分を小さな自分の画面へ切り取って頂戴すればいいのである。その切り取り方と画面への配置の方法が問題である。まず初学者としてはこの方法によって画面の構図を定め、しかる後はただ写実であると思う。
それ以上初学者が構図ばかりを気にかけ、構図のために構図をするようであってはかえって面白くないと思う。一草一木さえ写す技能なしにいたずらに画面の構図ばかりを気に病んで、勝手気ままに自然を組みかえてみたり樹木をかえたりすることは、人間の顔が気に入らないからといって口を目の上へおきかえる位の間違いを起こすおそれがある。
これは絵の構図ではないが、人間もまた偶然に出来た自然物ではあるが、その生きるという必要上、種々雑多の諸道具類が実に都合よく完全に備わり、格好よく構成されているようである。それでもわれわれはかなりうるさく、あれは美人だとか、拙い面だとか、可愛いとかヴァレンチーノだとか勝手な批評をするのが常である。これも偶然に出来たところの構図を、いいとか悪いとかいって批評するわけである。
人間は、神様が作ったといわれている人間の顔でさえ左様に文句を並べて、少しでもいい構図を求めようとするのである。よい構図は人の心を愉快にし、安心、安定を得さしめるものである。
そんなに人間は、人間の面の批評をするが、まず大体において、人間の構成はよく出来ているものであると私は思う。もし人間をわれわれがはじめて造り出さねばならないものだったら、その組立てについては随分まごつくことだろうと思う。そして案外不便でかつ、可笑しな形のものを作り上げて笑われるかも知れない。
まずいろいろと文句はいうがその目鼻を移動させることはかなりの危険が伴うからやらない方が安全であると私は思う。そして充分自然を愛し、自然に頼ることが安全だと思う。自然は無頓着であるからしたがって千差万別である。一つとして同じものが作られていない。ところで人間のやる仕事は、何に限らず事を一定したがっていけない。今や人の顔はヴァ
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