、動物、雲鶴《うんかく》、竜、蔬菜《そさい》図、等が描かれてあります、その群青《ぐんじょう》、朱、金銀泥、藍《あい》、などの色調は、さも支那らしい色調であって、大変美しい効果のものであります、そして応用されている処は、やはり扉や箱の蓋《ふた》や、その周囲への装飾として嵌《は》め込まれたり、あるいは額面用として作られてあるのもあります、そして画品もなかなかいいものが多いのです、概して大ものよりも小品に優秀なものを見ます。
時には鏡台とか化粧道具の引出しと見せかけて、数枚のエロチックに関するものが出て来るものもあります、これ等も古いものに美しいのがあります。
大体において支那は乾隆《けんりゅう》の頃、西洋との交通やその文化も盛んであったのでその頃のガラス絵が一番美しいという事になっています。
西洋模倣のものにもなかなか美しいものがあります、これは調子なども洋画風に整頓《せいとん》した古い阿蘭陀《オランダ》派の油絵に似たものが多く、主として、風景、人物、風俗あるいは汽船とか、西洋名勝などがあります、その額縁さえも支那とは思えない位《くら》いのクラシックなものが、ついているのを見かけます、私が現在持っている Mes demoiselles Loison と題せる、女二人が風景の中に立っている絵なども、初めは西洋出来のものかと思ったのですが、じっと眺めるとどうもその西洋婦人の顔が支那臭く点景のボートなどが如何にも東洋的であるのでどうやら支那である事がわかって来た位いであります。
さように西洋ものに似たものは時に見受けます、がこの種類のものはかなり珍らしいのであります、その他モティフは西洋の風俗風景であるが、その描法が純粋の支那らしい筆法で描かれてあるものもあります、私の持っているヴェニスの風景などもその一つでこれは外国から来た名勝の銅版画か何かより写したものと思われますが図はヴェニスのサンマルコの広場の光景であります、陸に並ぶ人物の色調が何んともいえず美しいのであります、画風は全くの支那式のもので、勿論西洋風の陰影はつけてありますが、ゴンドラなども支那のジャンク様《よう》の形であって、支那風の色彩と手法が面白い効果を作っているのです。私は、もしこの絵の本当のお手本になったヴェニス風景の絵があったとしたら、それよりも必ずこの模写の方が絵として面白いものだろうと思っています。
しかしながら支那のガラス絵が必ず皆いい訳ではありません、これもやはり日本の散髪屋向きの豆絞りの男女風俗と同じく、何んといっても職人の仕事である以上、偶然の効果として美しいものがあるので、どうかすると至って精巧な絵ではあるが、到底見ていられない俗悪な大作を見る事が多いのであります。
先頃もある道具屋さんが北京《ペキン》から将来したガラス絵を沢山見せましたが、どうもいいのは尠《すく》なかったようでした、嫌《いや》に精巧で、大作で不気味で、特に人物などは不快な感じのするものがありました、何んといっても、私はガラス絵の特質はそのミニアチュールと宝石の味がなくなっては面白くないと思うのです、その意味からガラス絵は小品に限るのであります。
目下北京あたりから、ガラス絵は沢山アメリカへ買われて行くそうでありますが、私はガラス絵といえば何んでも面白いという事は困ると思います、その大きさと絵の出来と題材と偶然とのデリケートな関係を味《あじわ》う事が最も必要だと考えます。
朝鮮でも、今なお作っているそうですが、私の見たものでは角絵《つのえ》があります、それは水牛の角をうすくセルロイドの如くして道釈人物、雲鶴等が描かれてあるのです、そして、扉へ嵌込《はめこ》まれてあります、あるいは巻煙草《まきたばこ》の箱の周囲に貼《は》られているものでかなり美しいものがあります。
三 ガラス絵の技法
ともかくその種類を探せばいくらでもある事でしょうし、またその蒐集《しゅうしゅう》や穿鑿《せんさく》は近頃ぼつぼつ古いガラス絵や阿蘭陀《オランダ》伝来のビードロ絵を集める事も漸《ようや》く流行して来たようでありますからその道の好事家《こうずか》にお願して置く事として、その種類等についてはこの位いに止めて、私はその考証や穿鑿よりもこの不思議に美しい技術をば――正に消滅しかかっているこの技法をば、もっと芸術的に、そして近代的な表現方法と神経とで、も一度世の中へ生かして行きたいと考えたのであります。
そこで私の買い集めた貧しい参考品を資料として勝手な方法を種々工夫して見たのでありますがなかなか思う様《さま》絵具がのびなかったり、乾《かわ》きにくかったり、乾き過ぎたりして都合よく行かないのでありますけれども、とにかく今までやって見た中で一番結果のよいと思《おもわ》れる方法を述べたいと思います。即ち私のガラス絵描法というのは決して一子相伝《いっしそうでん》法の秘法ではありません。自分勝手な、便利な方法に過ぎないのでありますから、もっといい方法があれば何時《いつ》でも私は教わりたいのであります。
私は目下自分の便利上、油絵具を使用します、しかしながら支那のものなどは粉末絵具をニスで溶解して使用しているようであります、私はそれも試みて見ましたがなるほど粉末絵具や日本絵具の砂ものなどを使用する方が味がいいようであります。
○私が目下使用している製作材料
(A) 油絵具使用の場合
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顔料《がんりょう》(油絵具) を用います、普通油絵に使うだけの種類は必要です。
(金銀泥及|箔《はく》) 泥は大変美しい装飾的効果を現わすものです、私はよく金泥で署名をします。
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メディユムとしての油
A ヴェルニアタブロー 〔Vernis a` tableaux〕
B 速乾漆液 工業用薬品店にあります[#「A」と「B」は「メディユムとしての油」の下で二行に分かれ、「A」「B」の下に上向きのくくり記号]
右二種の油をAを7Bを3位いの割合に混合して使用します、この割合は時に多少、変更してもよいのです、速乾が多くなると早く固まり過ぎて、広い部分など塗るのにむら[#「むら」に傍点]が出来て困る事があります。またヴェルニばかり多量では、乾きが遅くて、あとから筆を重ねると、先きの絵具が皆動いてしまいます。
この二種のいい加減の混合液は、ガラス絵の生命であって、この油によって、絵具がガラス面へ固定して、次へ次へと筆を重ねて行く事が出来るのです。
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筆 非常に軟かいものがよいので、私は日本画の彩色筆を大小五、六本と、面相筆《めんそうふで》を二、三本用意しています。
筆洗い 石油、及アルコールを併用します、即ち石油で先ず洗った後になおアルコールでよく洗って置くのです、アルコールは主として速乾を洗い落すのです、あるいは手先きのよごれた時や、ガラス面の掃除《そうじ》に使用します。また描き損じた絵を洗い落すにもアルコールが一番|重宝《ちょうほう》であります。
ガラス 油絵でいえばカンヴァスに当るものです、描くべきこのガラスは、なるべく薄くて、凸凹《でこぼこ》や泡のないものを選びたいのです、昔《むか》しのものは、殆《ほと》んど紙の如く薄いのを有《もち》いています、なかなか味のあるものです。私は便利の上から、写真の乾板の古いものを常に使用します。写真屋とか製版所へ行けば、いくらでも古いものを売ってくれます。
ガラス切り これも必要です、自分の描きたいと思う大きさに、ガラスを切断する必要があります、ガラスを切る事は、多少習練を要します、不用なガラスを何枚も切って見ると、コツ[#「コツ」に傍点]がわかるものです、ガラス切りの種類も、色々ありますが、やはり舶来の、本式の、金剛石がついていると称するものが一番いいでしょう。
パレット これは普通の油絵のパレットでよろしい、あるいはブリキ板を使ってもいいでしょう、最も注意を要する事はパレットの掃除です、ヴェルニや速乾が交じっている絵具をそのまま捨てて置くと、何んとしても取れなくなるし、次の調色の非常な邪魔を致します。
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(B) 粉末絵具使用の場合
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顔料 図案用粉末絵具を使用してもよいが色調が、どうも卑しくなりますから、日本画用の、胡粉《ごふん》、朱、白緑、白群青、群青、黄土《おうど》、代赭《たいしゃ》等を使用するのが、最もいいようです、右を充分|乳鉢《にゅうばち》で摺《す》って用います。(金銀泥箔の使用は、Aの場合と同様です)最も注意すべき事は、水分で練った絵具、例えば水彩絵具や津端絵具の類は、油に溶解しませんから、絶対に使えません、砂及び粉末に限ります。
油 砂絵具の時には、シケラックニスを主として使うのが便利です、極《ご》く少量の、アルコールを交ぜて使っても、サラサラとして描きやすいのです、絵具はガラス面で直ちに固定し、すぐ乾燥してしまいます。
この油を筆に沁《し》ませて、粉絵具を筆先きで少しずつ、パレットの上で溶解しながらガラスへ塗って行くのです、一時に多量溶解すると、すぐ固《かたま》ってしまって始末に困ります、金銀泥の使用も同様であります。
筆洗い やその他の事はAの場合と同じであります。
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四 ガラス絵製作の順序
先ず、一枚の風景画を作ろうとします、第一に必要なるは、早速モティフとして適当な場所を探しに出なくてはなりません、これは鉛筆のクレイオンとスケッチ帖《ちょう》と位いあればいいでしょう。
ガラス絵として、都合のいいモティフに出会ったとすると、それを充分正確に写生することです、そしてそれへ、覚えの色だけを塗って置くのです、色彩の記憶さえ確かなら、鉛筆の素描だけでもいいのですが、なるべく色彩も施して置く方が、絵の調子を破らず、楽《ら》くに仕上げる事が出来ます、手古摺《てこず》る事が少ないのです。
スケッチした素描淡彩を、家へ持ち帰えって、その上へ同じ大きさのガラスをのせ、決して位置がくるわないようにして、絵具を前記の油で溶解しながら、少しずつ塗って行くのであります。
ガラスは勿論《もちろん》、アルコールで充分美しく、掃除して置く必要があります。
ここで普通の絵とは違って、特別な考えが必要である事は、前にも述べました如く、絵の結果、即ち答えが、裏手へ現われるのですから、普通の絵の如く、幾度も色を重ねて、仕上げて行く事が出来ない事です、一度塗った色彩や線は、最後の一筆であり結果の色であります、それで、描くべき順序が、普通の絵とは全く反対になるわけです、例えば空全体を塗って置いて、あとから月を描こうとしても、それは駄目です、空の色に蔽《おお》われてしまって、月は画面へ決して現われないでしょう、即ち月は、何よりも真先きへ描いて置く必要があります、そして、あとから空全体を塗りつぶさなくてはならないのです、もしも雲があれば、雲も月と共に、先きへ描いて置かなくてはならないのです。
林檎《りんご》を描くとします、その光ったハイライトの部分は、先きに描いて置くのです、次に暗い影を描くのです、最後に赤い全体の球を塗りつぶすのであります。
滑稽《こっけい》な事には、自分の署名などは、左文字で一番最初に、記《しる》して置かねばならない事です。
それをうっかりして、先きへ描いて置くべきものを忘れてしまって、あとで弱る事があります、例えば裸体人物に、臍《へそ》を忘れて、腹全体を塗りつぶして、あとから表を返して見て驚く事があります。こんな時に、臍の部分だけ、あとから絵具を、アルコールで拭《ぬぐ》い取らなければなりません、地塗りとか空とかバックなどは、最後の仕事です、樹木などは、葉の一枚一枚の点々は先きに、葉の全体の固まりは、後から塗ります、道路の点景人物は先きに石ころも先きに、道全体の色は最後に塗りつぶさねばなりません。
時々裏返えして見て、仕上って行く絵
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